胸のインプラントでリンパ腫発症の可能性も

回収の理由は、乳房インプラントを使用している人(乳がん手術で乳房を失った人だけでなく豊胸手術も含む)のなかで、稀に乳がんとは別の血液のがん、“乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫(BIA-ALCL)”を発症することがわかってきたからだ。

発症頻度は、乳房の中に入れるインプラントの表面がザラザラしているテクスチャードタイプに起きやすく、日本で唯一保険承認されているアラガン社(本社・アイルランド)製の『ナトレル410』が該当していた(このほか丸いラウンド型で2種の保険適用品はあったが、需要が減り2018年4月販売停止)。このナトレル410は、表面がツルツルのスムースタイプに比べて乳房が変形する皮膜拘縮のリスクが少なく、形も自然な下垂が再現できるアナトミカル型(しずく型)が好評だった。

リコールになったインプラント(左と中央)とテッシュ・エキスパンダー(右)。写真提供/NPO法人E-Bec

乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫(BIA-ALCL)は、世界で573例の発症が疑われ(米国FDA公表)、33名が亡くなっていると報告されているが、日本でも2019年8月に初めて1名の発症が確認された(現在治癒に向かっている)。この方はインプラントを入れてから17年後に発症という。このためフランスやカナダ、シンガポールでは該当製品の使用中止に踏み切った。

さらに、米国FDA(アメリカ食品医薬品局)もアラガン社に回収を要求したことから、全世界でテクスチャードタイプのインプラントとティッシュ・エキスパンダー(拡張器)の両方が自主回収されたのが今回のいきさつだった。原因はまだ解明されていないが、より良い再建のためにザラザラに改良したことがリスクにつながったのだとしたら、皮肉なものだ。

年間6500人もの再建手術がストップ!?

問題なのは、他国では数社のインプラントが普及しているのに対し、日本では保険で使える製品はアラガン社の該当製品のみ。代替案がないままの自主回収により、年間およそ6500人が受けている乳房のインプラント再建がいきなりストップしたことで、大きな不安と混乱が広がった。

しかも、乳房再建の第一段階を終えている人たちもいる。すでに、エキスパンダーを乳房に挿入し、最終形のインプラントへ入れ替える手術を待ちに待っていた人は、再建途中でいきなり梯子を外された形になってしまったのだ。取り急ぎ、急を要する人に対しては、皮膜拘縮や形などの面で満足度の問題は残るが、急遽販売再開が決まった保険が効くインプラントを使う選択肢が提示された。しかし、この事態に先が見えない当事者たちは、どれほど不安だろうと思う。日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会の調べでは、乳房再建途中のエキスパンダー挿入中の人は全国に3493人もいるという。

通常、すぐにインプラントによる乳房再建を希望する場合、乳がんの手術と同時にティッシュ・エキスパンダーを入れて再建の準備に入る。しかし、今回の件で、ティッシュ・エキスパンダーも回収になってしまったため、その選択肢はなくなってしまった。保険が効く自家組織再建(自分のお腹や背中などの組織を胸に移植する方法)に切り替えるのか、様子をみてすぐの再建をあきらめる、という選択しかなくなってしまった。