30歳女性に憑依した死者20人を、どう「除霊」したか?

宮城県「通大寺」金田諦應住職に聞く
奥野 修司 プロフィール

これは別の日だが、「お母さん、お母さん……」と、まるで蚊が泣くような声で母を呼ぶ幼児があらわれたこともあった。もちろん、このときも妻が手を握った。

 

「ぼくは今、どこにいるの?」と金田住職が問いかける。

「わかんない」

「ぼくの名前は?」

「わかんない」

「ぼくは死んだんだよ」

「死ぬってなに? よくわかんない」

この幼児は、瓦礫の中で1人取り残され、母の名前を叫びながら死んだようだ。妻がしっかり手を握ると、「お母さんと光がいっぱいのところに行こうね」と住職は声をかけた。

読経の中、静かに弘子さんの体から離れていく。憑依が解けたとき、妻の目には涙があふれていたという。

その他にも、妊娠中に津波に追いかけられ、とうとう力尽きて呑み込まれた女性や、おばあさんを残して津波にさらわれた老漁師など20余名の霊が弘子さんに憑いていた。最後の霊は、なんと福島県浪江町で置き去りにされて餓死した犬だったという。

どんな霊に憑かれたか、弘子さんはある程度理解していたそうである。私たちは,自分の中に他者が存在するという感覚をなかなか理解できないが、それが20余名も弘子さんの中で存在を主張していたのだから、おそらく精神的には大混乱だったはずである。

雨のため、通大寺の本堂で行われた西馬音内盆踊り。死者と生者が交流する伝統的な盆踊りで、女性は編み笠を目深にかぶり、男性も黒い頭巾で顔を隠し、見る人それぞれに亡き人を思いおこさせる。女性が着ている端縫い衣装は、先祖代々の着物を縫い合わせて作られている。安井優子氏撮影

除霊は、今もあちこちで行われている

「憑依」に対して、西洋にはエクソシストがいる。祈祷師のことである。しかし、エクソシストが祓うのは悪魔であって、弘子さんに憑いたのは、いわば「迷える霊」である。その霊に成仏してもらうのだから、「除霊」とはちょっと違う。

しかしながら、適当な言葉がないので、ここではあえて「除霊」とさせてもらった。ちなみに金田住職は「除霊」を専門にしているわけではない。曹洞宗の寺院で一般的に行われている施食会(施餓鬼会)を基本に、試行錯誤しながら行ったという。

ここで述べた話を、弘子さんの自作自演、あるいは金田住職の作り話と思われる方はそう思っていただいても結構である。私にはこれを信じてもらえるよう説得するだけの力はない。ただ、金田住職だけでなく、日本では浄土真宗を除いて、他の宗派でも「除霊」をやっている僧侶は少なからずいるそうだ。

私が、金田住職から話を聞いた後、懇意にしている住職にこの話をすると、「ああ、私のとこでもやってます」とあっさり言われた。憑いた霊を祓ってほしいという人はどこにでもいるようで、仏教だけでなく、神道でも受けているという。

ただ、「除霊」という言葉を口にすると、なんとなくいかがわしく思われるから表沙汰にしないだけで、いわば「陰文化」として昔から続いてきたのだろう。私が『魂でもいいから、そばにいて』(新潮社)で書いた霊体験も、それと同じことなのだと思う。

注 施食会(施餓鬼会)……自然災害や戦争の犠牲者、あるいは無縁仏や地獄に落ちた餓鬼に施しをするとともに、新しい霊や先祖代々の諸霊を供養する法要。一般的にお盆の行事として行われる。

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