毎年、通大寺で開かれる夏祭りの雅楽 安井優子氏撮影

30歳女性に憑依した死者20人を、どう「除霊」したか?

宮城県「通大寺」金田諦應住職に聞く

その日は、土砂降りの雨だった

私は宮城県栗原市にある「通大寺」の門前でタクシーを降りると、激しい雨の中を駆け足で門をくぐった。境内では盆踊りの準備をしていたが、この雨では無理だろう。しばらく雨宿りをすると、開け放しになっている玄関をくぐった。私がここへ来たのは、このお寺の金田諦應住職に会うためだ。

 

私が金田住職に会ったのは、「看取り先生」として知られた仙台の故・岡部健医師の紹介だった。震災の直後から、金田住職らは「カフェ・デ・モンク」という「移動傾聴喫茶」を立ち上げ、被災地の仮設住宅を回っていたが、岡部医師もこの設立に深く関わっていたのだ。

その金田住職から、初めて「憑依」とも「除霊」ともいえる現象を聞いたのは2012年のことである。ただ当時の私は、被災地の「霊的な現象」の取材に追われていて、とても「憑依」に手をつける余裕がなく、あらためて訪ねることにしたのだ。

「通大寺」の金田諦應住職

憑依された女性

人が死ぬとき、合理的には理解できない不思議なことがよく起こる。がんなどで死ぬときもそうだが、2万人もの人が亡くなった大震災ならなおさらだった。

金田住職のところへ、ある女性が混乱状態で電話してきたのは2012年の蒸し暑い夜のことである。その女性を、仮に小野弘子さんと呼ぶことにする。まだ30歳の介護士だった。

「たくさんの人が入って来る。私はもう駄目……、コントロールできない。苦しい、死にたい」

その日、金田住職はへとへとに疲れていたから「明日でもいいですか?」と言うと、「なんで今は駄目なんですか?」と怒鳴るような声が電話口から聞こえてきた。

「私、もう死にたいんです!」

「わかった、今からでもいいから来なさい」

やがて、1台の車が滑り込むように寺にやってきた。乗っていたのは母親と妹と婚約者、それに全身を震わせている弘子さんだった。婚約者たちに引きずられるようにして門をくぐると、金田住職があらわれるのを待った。

「いっぱいの人が入って来て、私、もう死にそうです」

弘子さんは息たえだえに言った。

本堂の横にある部屋にとりあえず落ち着くと、金田住職は家族からこれまでのいきさつを詳しく聞いた。震災当時、弘子さんは仙台にいたから津波の被害は受けていない。

しかし、その直後から、目に見えない死者の霊に悩まされるようになったというのだ。そのことは、冷静に観察していた婚約者からも聞いておおよその経緯はわかった。

最初は、霊が憑依しようとするのをなんとか防いでいたが、とうとう防ぎきれなくなり、6月頃からどんどん憑依するようになったという。それと同時に介護士の仕事も続けられなくなってしまった。