2019.11.18
# 本 # ライフ

岸政彦「自分はまだ『小説』というものを『書いてない』」

『図書室』刊行記念インタビュー(前編)
小野 美由紀 プロフィール

岸:「山田太郎はコーヒーをお代わりした」とか、いかにも小説っぽい文章が(笑)。セリフのカギカッコつけるのも照れ臭くて。いかにもなストーリー、プロットを書くのがね、照れ臭いんですよね。本当はスティーブン・キングみたいな、ストーリーテラーみたいなやつが大好きで。そういうのが書きたいんですけど。

子供の頃からSFばっかり読んでたんですよ。カート・ヴォネガットとかね。だから小説を書くことになった時、最初、SFやりたい、って言ったら「向いてない。自分のこと書いてください」って言われて(笑)。うーん、そうか、と。

でも、自分のことを書くって、自分をさらけ出すってことではないんだろうなって思うんです。僕は学者の中でいうと外れ値というか、あんまり他にないライフコースを辿ってきましたが、だけど別にそんな苦労しているわけじゃないし、マジョリティだし。こんな自己をそのまま出してもしょうがない、というか、そういうことじゃないだろうなと……。

でも、いかにも近代的な小説の形式を踏襲することにも照れがあって。

主観的には、自分はまだ「小説」というものを「書いてない」というふうには思ってます。世界をイチから創作するということをやっていない。小説っていまだになんなのか分かってないですけどね。なんなんですかね。エッセイは100%、嘘を書いていなくて、体験したことしか書いてない。小説は、多少エピソードの元ネタはあって、作ってくわけですけど。これまで3つしか小説書いてないですが、いっこずつ練習している感じで。

意図的に読者を感動させてやろうとか思ってもダメだろうし、だけど自分のなかだけで浮かぶイメージをダラダラ書いてもあかんし。物語を推し進めようという力がないと物語にはならない。

高橋源一郎さんとラジオで対談した時に、「書くって意識と無意識の中間だよね」という話をしていて。村上春樹がなんで偉いかというと、彼はそういう無意識と意識の中間みたいなものを意図的に作ることに成功しているんだって、高橋さんが言われていました。音楽も、僕は下手なベーシストなんだけど、ジャズを演奏している時って、不思議な感じなんだよね、次にこの音を出そうと思って弾いているわけじゃない。無意識の状況で指は動いているけど、ちゃんとコード進行にあった音を選んでいるんですよね。選ぶっていうのは、意図ですよね。でも意識はしてない。人間が表現するときの意識の状態って独特やなと思う。

 

──無意識と意識の中間みたいな、その裂け目みたいなところにストーリーが埋まっていて、書いていると出てくる……。

岸:そんな感じかもしれないですね。集中してるんだけど、全体を見ながらやってる。ゲームの時みたいに、一点に集中するような集中じゃない。小説も、次の一文字をいちいち考えて書いてないのに、文単位では文法はあってるんですよ。時には自分が驚くようなことも起きる。ベースでも、うまいフレーズ弾いた時はああ、これはどこからきたんやろ、って自分で驚く。そういう快楽がありますよね、創作って。ああこれで人生棒に振る人いるやろなと思った。泥沼のような快楽というか……。

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