台風から2日経った3連休の最終日。まだ各地で被害がひどく、一日でも早い復旧を望む祈りが国内中に広がっている中、朝から写真展のチケットを購入するために行列ができていた。東京ドームシティのGallery Amoにて開催されている篠山紀信さんの『篠山紀信 写真力 THE PEOPLE by KISHIN The Last Show』だ。

50年間撮影した篠山さんの写真から厳選した「人」たちを集めたもので、2012年に熊本現代美術館からスタート。以降、東京、広島、岡山ほか全国33か所で開催、鹿児島展で動員数99万人を数えた。今回の展覧会は写真力展の最後を「The Last Show」と題されて東京で行うものだ。

この展覧会の中で、ひときわ華やぎを与えるのが、やはり「アイドル」だ。1枚の写真で、あっという間にその頃の自分に戻ることができる。それには、「夢中になったアイドル」の存在が大きい。

そこで、10月27日に『写真力』の最終日を迎える篠山さんに、山口百恵さん、松田聖子さん、宮沢りえさんの3人を中心とした「アイドル」について語っていただいた。

70年代の「山口百恵」、そして
「松田聖子」と「宮沢りえ」がいた 

百恵さんが70年という時代で、80年代は松田聖子さんサンタフェというのは91年で、そこで宮沢りえさんが90年代。それは事実ですが、そういうことは『分析』ですよね。“篠山紀信は時代時代の象徴を撮っている”と言えるかもしれないけど、ただ、この子をいまこう切り取って出せば一番いいと思う所を撮る。写真を撮る瞬間はそう思って撮っているだけ。それだけなんです」

篠山さんは、こちらの質問を見透かしたように言う。確かに、私たちは篠山さんの写真を見て「時代の象徴を撮った」と言いがちだが、篠山さんからしたら、「輝いている人の一番輝いている瞬間を切り取っているだけ」。その通りだろう。ただ、メディアに依頼され続け、撮り続けた、「ただそれだけ」というが、「それを50年間続ける」人は今までいただろうか。

『写真力』の会場は、まるでテーマパークのアトラクションのようだ。ドキドキしながら黒のカーテンを開ける。そこには日本人誰もが知っている顔が私たちを迎えてくれる。物故者の写真、GODの部屋だ。それからSTAR、SPECTACLE、BODY、ACCIDENTSという「部屋」に分かれ、多くの「人」が私たちを待ち受ける。

山口百恵さんぬきに70年代は語れない

2012年 東京オペラシティアートギャラリーにて開催された『写真力』のときに山口百恵さんの写真の前にたたずむ篠山さん 写真提供/篠山紀信

「STAR」の部屋には、1980年に引退した山口百恵さんの大きな写真がひときわ目を引く。篠山さんは言う。

「百恵さんを最初に撮ったのは、中学2年生で学校でていくところを事務所が待ち構えていて車でそのまま撮影にいくくらい忙しい時でした。

そのあとに『明星』に載った、雨のなかをとぼとぼ歩いた写真があります。これは僕がセーラー服で雨の中撮ったら絶対にいいと思って、ガソリンスタンドで洗車に使うホースを借りて雨を作ったんです。

百恵さんからしたらなんでこんなにびしょびしょにされるんだろうと思ったかもしれない。でもできあがった写真をみたら、『私ってこういうところがあるんだ』と気づく。そうしたら次に僕のところにきた百恵さんは違うものになってる。そしてぎっこんばったんのようにお互いに新しいことを加えていくような関係で撮り続けられたんです。ぼくがやった『百恵』(1980年/集英社刊)という写真集とNHKのドキュメンタリー番組(『山口百恵 激写/篠山紀信』1979年3月30日放映)は実に特異なアイドルの媒体ですね。

百恵さんは74年くらいにデビューして80年に引退ですから、70年代を語るとき、少なくともぼくにとっては百恵さんなしに語れないですね」