久我未来——俳優。『3年B組金八先生 第4シリーズ』(1995〜96年/TBS系)をご覧になったことがある方なら、「あの、裏拳をとばされた生徒」として覚えているかもしれない。
あれから24年。39歳となるまで、役者、ミュージシャンとして頑張ってきた。当然、食えない時期もあり、さまざまな職業で糊口をしのいできた。なかでも、ネットカフェの従業員として働いていた頃には、かなりヤバい方々との緊密な交流もあったようだ。
第3弾は、この世に存在しないような方も登場しますが、はたして「のら猫役者」は、そんな怪物たちにどう対処したのだろうか。
成りたくない一人前……
「現場で10年働いて、やっと一人前」
そう考えて働いてきたのですが、〈成りたくない一人前〉もあると気がついたのは、ネットカフェで働き始めてから10年目でした。
僕の性質が原因なのでしょうか、この店舗が異質なのでしょうか。
はたまた、その2つが相互作用を起こしているのでしょうか。

ネットカフェで僕が過ごした日々、マンガのような出来事が頻繁に起こりました。思い起こすと、少し特殊なケースばかりに遭って参りました。
ストーカーさんに8年ほど憑依されましたり、店舗に放火されましたり、パワハラ店長がパニックを起こして失踪しましたり……。
それらの印象的なエピソードは、あまりに強烈過ぎて読む方を不快にさせる恐れもありますので、今回はマイルドなケースに絞って紹介させていただきます。
【「ライオン」vs.「ドレッド・ブラックマン」】編
僕が出勤すると、中番の女性スタッフがお客様と激しい口論をしていた。
彼女は、へたな男性よりも男気に溢れており、おまけに戦闘能力まで高い。僕は彼女を、敬愛をこめて「ライオン」と呼び、お互いに友人として信頼し合っていた。
口論しているお客様は、ドレッドヘアの黒人男性。これまで何度か来店したこともあり、流暢に日本語を話す。ドレッド同士の妙な絆で、僕らは顔見知り程度には話す仲だった。彼は、レジの前でライオンを怒鳴り続けていた。

「おまえ、男だろう! おい!」
今日の彼は、当店のご利用目的ではなく、近くを通りかかった際にふらっと寄っただけらしい。だいぶ酔っている様子だ。
女性スタッフに対して、誰がどう聞いても理不尽な内容で絡んでいる。
「男なら、男らしくしろよ!」
興奮した彼は、釣銭トレーを投げつける。それまでも、当店は、紙幣や備品がよく宙を舞う不思議な場所であった。ポルターガイスト現象かもしれない。
緊急性が高いため、すぐに止めに入る。僕が苦手なトイレ内ではないから、恐るるに足りない。地の利というやつか。
ライオンは一歩も譲らない。むしろ、毅然とした対応で、そのお客様のご退店を促していた。ライオンと僕が目配せをして、警察へ通報しようとした、ちょうどそのとき!
自動ドアのチャイムと共に、ラテン系パーマのグラマラスな女性が入ってきた。常連様の、あの「春を売る女性」だった。
こんなときに!
今、警察を呼んだら、警察官は誰を確保していいのやら。
まずは彼女をレジから離すのが得策だ。お客様の安全のためにも、いずれ到着する警察官の混乱を減らすためにも。
「いらっしゃいませ。申し訳ございません、お客様。ただいまですね……」
「あ、彼氏」
かしこまりました、お客様。シングルブースから、ペアブースにご変更ですね。
え、彼氏さん?
彼女がお付き合いしているお相手は、このドレッドの黒人男性ってこと!?
彼女は、ライオンと彼氏さんとの間に割って入り、彼氏さんをなだめ始めた。僕が出勤する23時前は、入退店が重なる時間帯だ。このままでは、レジに長蛇の列ができてしまう。
レジはライオンに任せ、僕は彼女とタッグを組み、彼氏を店外へと連れ出した。
店の前で、流暢な日本語で怒鳴りまくるドレッドの黒人と、必死になだめる派手な売春婦とドレッドの店員。それを、鬼のような形相で睨みつける武闘派の女性スタッフ。その前には、長蛇の列。苛立つ顔が並んでいる。釣銭トレーが行方不明だ。これが神隠しか。
百鬼夜行のような図ですが、当店はネットカフェです。