望遠レンズの「あの部分」に役立った、クモの糸の「意外な使い道」

緩むことなく、正確でした

耐久性はないが…

芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』では地獄から逃れるために泥棒カンダタがぶら下がったり、映画『スパイダーマン』では悪と戦う武器になるなど、古来、人は「クモの糸」に壮大な夢を見てきた。

近代には、クモの糸を商業化する野望も抱かれた。18世紀初め、熱帯で集められたクモの糸が、細くしなやかで美しいことに心を奪われた国王ルイ14世が、新しい産業を興したいと目論んだのだ。

糸を採取するため、クモが卵を守るために編んだ袋(卵のう)をたくさん集めて、カイコの繭と同じように、茹でたあとに梳いて糸を巻き取る。400gほどとれた糸を使って、3組の手袋と靴下が編まれ、国王のもとに届けられた。だが、耐久性に乏しく、その手袋は、惜しくも身につけたとたんに裂けてしまった。

 

19世紀には、強度を備えた製糸に成功するが、結局、産業化には至らなかった。工場で製品を作るには材料の糸を大量かつ安定的に供給する必要があるが、クモのほとんどは肉食動物で、同じ種類のクモであっても近づいてくるなら共食いを始める。カイコのように狭い場所に押し込めようものなら、すぐに数が減ってしまうのだ。

だが、クモの糸を工業化する試みは、思わぬところで実を結ぶ。それが、望遠鏡、ライフル、銃の照準器などのレンズの十字目盛だ。

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この線は視界を妨げないよう細い必要があるが、かといって細すぎて切れてしまっても困る。直径数マイクロメートル(1mmの1000分の1)しかないのに自然界最強を誇るクモの糸は、この用途にピッタリだった。

さらに照準器で避けなくてはならないことは、糸が湿度によって伸びて、クロスの位置がずれてしまうことだ。絹糸をはじめ、ほとんどの物質は吸湿によって伸びてしまうため、直線が維持できない。だがクモの糸なら、両端を固定しておけば、高湿でも、低湿でも、緩むことがないのだ。

いまでこそ、照準器の目盛はデジタル化しているが、クモの糸は思わぬところで人を手助けしていた。(征)

『週刊現代』2019年10月12・19日号より