ダウン症の弟と近所のコンビニの店員の心温まるエピソードを綴ったnoteの記事弟が万引きを疑われ、そして母は赤べこになったが話題になった岸田奈美さん。

17歳の頃、母親が心臓の手術をきっかけに下半身麻痺になってしまい(詳しくは、「『ママ、死にたいなら死んでもいいよ』と下半身麻痺の母に言った日を参照)、その時の経験がきっかけとなって、現在、ユニバーサルデザインの会社「ミライロ」で働いている。

人との触れ合いが大好きな奈美さんの弟。彼の周りは、いつも笑顔になる。それには、奈美さんのお母さんのある教えがあったという。

母が教えた3つの言葉

noteで弟の記事を書いたら、ものすごく反響をいただきました。日本中に私の弟のハイパーでエクセレントなところが伝わって、とても嬉しく思います。でも実は、その弟を育てた母のウルトラでマーベラスなところも、私は伝えたいです。今日は、そんな母の話をします。

母、最大の功績。それは、保育園へ入園する弟に3つの言葉を教えたことです。

弟はダウン症で知的障害があり、難しい言葉の理解ができません。簡単なひらがなを、かろうじて読むことはできます。意味がわかるのは、子どもが知っている単語くらいです。発話も不明瞭なので、初めて弟に会う人は何を言っているか聞き取れないこともしばしば。

でも弟は、特別支援学級ではなく、普通学級へ入りました。障害者だけがいる環境よりも、健常者もいる環境で社会のルールを学んでほしいという母の思いと、人とコミュニケーションを取るのが好きな良太の思いがあったからです。

母は弟に、辛抱強く次の言葉を教え続けました。

「こんにちは」「ありがとう」「ごめんね」

勉強なんかできなくてもいいから、これだけは言えるように、という母の強い決意を感じました。なぜそんなことをしたか。それは、周囲に「知的障害者に向き合う壁」があったからです。

〔PHOTO〕iStock

障害者のうち、人数が一番多いのは身体障害者です。車いすに乗っている人や目が見えない人が何に困っているか、どうすれば助かるかを、皆さんはなんとなく想像できると思います。

でも、知的障害者はどうでしょうか。

よく知らない、どうしたら良いかわからない、と思う人が大半です。怖い、と思う人もいます。なぜなら、障害者のうち、人数が一番少ないのが知的障害者だからです。日常で見る機会が少ないからこそ不安になり、壁を感じるのは当然のことですよね。

それが子どもともなれば、入園式や入学式の段階から騒然とするわけです。弟を見て「僕たちと、なんか違うぞ……」「話しかけて良いのかな……」と、同級生たちが心の中で戸惑っているのが、よくわかりました。

そのままでは、弟と同級生たちの心の距離は開いていくばかりだったと思います。
でも、弟は違いました。