カネ儲けだけが人生か? 現役大手証券マンが金融小説を書いた理由
一歩間違えれば、闇に落ちてしまう野村證券に勤める現役証券マンにして、金融業界を舞台とした人間ドラマを小説のかたちで執筆しつづけている、作家の町田哲也氏。「現代ビジネス」で連載したノンフィクション・ノベル『家族をさがす旅』は10月24日、岩波書店より単行本として刊行予定だ。
今回、9月に発売された町田氏の最新作『神様との取引』(金融ファクシミリ新聞社)の刊行を記念して、特別インタビューを行った。20年あまりの証券マンとしての苦闘から見えてきた、生き馬の目を抜くようなマネーの世界に生きる人々の、「人生の目的」とは──。
不正に手を染めた、あるディーラー
──今回の作品は、実際にあった金融事件にもとづいているそうですね。
はい。業界には知っている人も多いと思いますが、2012年に起きた事件を下敷きにしています。細かい設定は変えてありますが、ある証券会社のディーラーが、知人の妻の口座を使って不正取引をしていた。
債券市場には「ジャンク債」という、信用リスクが高い分リターンも大きい債券があります。20円や30円といった価格の低いものが多く、変動も大きいので、値段なんてあってないようなもの。実勢価格が不透明で、朝21円で取引されていたものが夕方には30円で売れる、ということもザラにあるんです。
そのディーラーは、価格が不透明なジャンク債をうまく使って、実勢よりも不当に安い値段で知人の妻に転売し、さらにそれを他の業者に売って利鞘を抜いていた。逮捕されたという報道を新聞で見たときは、そんなことをやる同業者がいるのか、と思いました。でもよくよく読むと、彼はぼくも何度か取引をしたことがあるディーラーだったんです。
そのとき、「なぜ彼はそんな取引に手を染めたんだろう」「同じ仕事をしている自分と彼との違いは何だったのか」という疑問が湧いてきました。確かにぼくたち証券会社の人間は、いかに利益を最大化するか、いかに儲けるかということを日々考えています。しかし、ぼく自身もそうなのですが、「稼ぎたい」というモチベーションだけでは、証券ディーラーというのはなかなか続かない仕事だとも思うんです。
実際、そのディーラーほどの稼ぎがあれば、わざわざ不正に手を染める必要もなかったでしょう。それでも彼が不正を働いた背後には、何があったのか。「稼ぎたい」ということの他にも理由があったのではないか。一歩間違えれば、ぼく自身も彼のようになっていたかもしれない。事件のことが気になって調べていくうちに、これは間違いなく小説になるなと思いました。