同性愛を毛嫌いする人、自らの同性愛傾向に苦しむ人、共に感じる圧力

セクシュアリティをめぐる本音と建て前
ジュリア ショウ

自分のセクシュアリティを受け入れられるか

私は教師としてのこれまでの一〇年間に、学生が教室で初めて自分のセクシュアリティに気づき、打ち明ける瞬間に何度も立ち会ってきた。こういったことが起こるのは、たいていセクシュアリティや性的逸脱を初めて話題にしたときだ。残念ながらそういった話をできないままの人がほとんどだ。

ある学生がポリアモリー(恋愛の相手をひとりに限定しないこと)という言葉を学ぶと、即座に自分のことだと気づく姿を見たことがある。自分がゲイだと初めて自覚した人たちもいた。自分はエイセクシュアルだとカミングアウトした学生もいた。学生が自らの信仰に反するにもかまわず、バイキュリアス(同性との恋愛に関心を持つこと)だとカミングアウトしたこともある。セクシュアリティは人にとって重要なものだが、受け入れ、話し合おうとする環境にいなければ、自分が異性愛者でないとはいい出しにくい。

一九九四年、精神医学者グレン・ワグナーは内在化した同性愛嫌悪症を明らかにするツールを作り、同性愛者の人たちが自分のセクシュアリティをどれだけ受け入れているかを明らかにした。そこには、「自分が異性愛者だったらよかったと思う」「ゲイであることを考えすぎるといつも憂鬱になる」「性的指向を変える薬があれば飲みたい」といった質問が書かれている。こういった種類の質問のスコアが高ければ、自分自身のセクシュアリティを受け入れていないのであり、よくない精神状態ということになる。

最近ではこの種の調査の形を変えたものもおこなわれている。たとえば、コンスタンチン・ツヘイとニコラス・ルールが二〇一七年に実施した調査によれば、内在化した同性愛嫌悪症のスコアが高い男性は、自分の性的指向を人に打ち明けることが少なく、典型的な男らしい格好をしていることが多い。このことから、ゲイに見えては社会では広くマイナスイメージになるため、ゲイと思われる要素を意図的に隠していることがうかがわれる。ストレートの男性を演じていれば、ゲイには見えないからもう大丈夫だ。

 

彼らは自分のセクシュアリティをたずねられるのを嫌う。彼らはこういってもらいたい。「彼はあんなに男らしいから、もちろんストレートに決まっている」。これは女らしく見せるレズビアンにも当てはまるだろう。あるいは模範的な異性愛者のように見えて、実はそうではない誰にとっても。

LGBTQIPA+の人たちを受け入れるという社会でも、カミングアウトは簡単ではない。LGBTQIPA+コミュニティを支持している私も、自分自身のセクシュアリティについて気楽に話せることはまずない。完全に模範的な異性愛者に見える者として、私のセクシュアリティが疑問視されることもない。彼女は外見が女らしいから、もちろんストレートに決まっている。