Photo by iStock

同性愛を毛嫌いする人、自らの同性愛傾向に苦しむ人、共に感じる圧力

セクシュアリティをめぐる本音と建て前
テレビ朝日系ドラマ「おっさんずラブ」の大ヒットを見れば、もはや日本では同性愛を偏見の目で見る人はいないように感じられる。しかし、もしもあなたが同性から愛を打ち明けられたら、どうするだろうか。胸に手を当てて想像してみてほしい。あるいは恋人がバイセクシャルだったとしたら?
ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの犯罪心理学者であるジュリア・ショウ氏は、著書『悪について誰もが知るべき10の事実』で、「性的逸脱」と呼ぶ人もいるセクシュアリティについて、人びとが本当のところどう考えているか、科学的データを根拠に示す。見えてくるのは、同性愛を嫌う人たちと、自らの同性愛傾向に苦しむ人たちの、複雑に入り組んだ感情だ。

同性愛行為は邪悪だと叫ぶ人たち

二〇一七年には、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー(LGBT)の関係を持つことは、サウジアラビア、パキスタン、多くのアフリカ諸国を含めた七四ヵ国では依然として犯罪行為だった。こういった国々では、同性同士の関係は「自然に反する行為」を対象とする法の下で犯罪とみなされる。

これらの国々がこの種の性行為にどんな汚名を着せてきたかをわかってもらうために、これらが動物との性交で有罪となる犯罪と同じ種類であることを伝えておこう。このうち八ヵ国で同性愛者のセックスは死刑に値する。つまり同性同士の合意の上のセックスは考えられる最悪の罪のひとつであり、最も厳しい処罰を受けるということだ。

合意したふたりの成人がこっそりとおこなう同性愛行為に対し、国が制裁を加えることはあまりない。けれども、そのような行為に対し国が判決を下すことができ、ある国々では下されているという事実そのものが、実に強力なメッセージとなる。こういった国々は法の執行により、同性愛行為は邪悪だと大声で叫んでいるようだ。

 

多くの反LGBT諸国は、自国の国境の内側にゲイはひとりも暮らしていないと公言しさえする。ロシアでおこなわれた二〇一四年冬季オリンピックのとき、ゲイの選手の参加についてたずねられたソチ市長は、「彼らが自分の習性を他の人に押しつけないかぎり」参加を認めると答えている。市長はソチに同性愛者はいないとも話し、広く嘲笑された――「ソチにゲイはいません」。当時のソチにおけるゲイバーの流行がその逆を示していたのだが、こんな思い違いをしているのは彼だけではない。

国が認めようと認めまいと、推定数と人口統計から、レズビアン、ゲイ、バイセクシャルであると表明する人の割合は、人口の一・二〜五・六パーセントだとわかっている。これに加え、〇・三パーセントの人がトランスジェンダーであると表明している。あまり調査されないが、クィア(同性愛)、インターセックス(中間的な性)、パンセクシュアル(全性愛)、エイセクシュアル(無性愛)、さらにこれ以外にも数多くあるセクシュアリティに属すると表明している人たちがいる(QIPA+と省略されることもある)。彼らが目につかない、認められていないからといって、存在しないわけではないのだ。