料理家の山脇りこさんがごきげんに50代を暮らすための知己をお伝えするFRaU Web連載「ごきげんは七難隠す~50代からの養生日記」。今回のテーマは「はじめてのことを増やす」。山脇さんが「いつも心に冒険を!」と語る、その理由とは。

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はじめてのことが減り、最後なことが増える

セックスはおもしろい。あれだけ「はじめて」にこだわるものも、なかなかないだろう。しかし、最後のセックスの話をする人にはあまり会ったことがない。死ぬときに、「ああ、あれだった」と思い出せるものかどうかもあやしいものだ。70歳を目前にした女性の恋を描いた岸恵子さんの小説『わりなき恋』(幻冬舎文庫)は、もしかしたらそれも隠れたテーマだったのかもしれない。

一方、最後がしばしば話題になるのが、食べること。「最後の晩餐何がいい?」と聞かれることもあれば、自問もする。この年になって、いく度か大切な人の最後に立ち合ってみれば、悲しいことにままならないとわかるのだけど。

山脇さんが考えた末の「最後の晩餐候補」は、今のところぶどうだそうです 写真提供/山脇りこ

50歳になった時に感じたのが、ああ、はじめてのことが減り、最後のことが増えていくのか、という思いだった。思えば50歳頃って、様々な経験をしてきて(した気になって)旅も食事も着るものも、“こなれたものが安心、満足” “心地よきマンネリ” のピークだったかもしれない。それが老いの静かなる波音だとは思わずに。

老いることさえも、
新発見、好奇心の対象に。

ある時、82歳になった母の変化を見て、あれ? ほんとうに、心地よきマンネリでいいのかな? と不安がよぎった。それは、「あれあれ? あれほど洋服や靴が好きだったのに、同じような恰好をしているよね? なぜ?」「あれあれ? ステキなレストランでの外食を喜ばなくなったね、なぜ?」といった疑問からはじまった。

東京に来ても、歌舞伎も落語も温泉も、あまり行きたくないという。聞けば、本心はうちから出たくないという。どうやら億劫、面倒なよう。肉体的な疲れもあるのだろうけど、その前に、歌舞伎にも温泉にも心が踊らない。本人にもコントロールできない無気力。そうか、これが老いるということなのかもしれないと、なぜか、肉体の衰えを目の当たりにする以上に、すとんと腑に落ちた。こりゃいかん。

社会学者の上野千鶴子さんはこう言っている。「私が『この老い方いいな』と思うのは、必ず『好奇心』を持ってる人なのよ。その人が生きていくエネルギーのポテンシャルみたいなもの。自分の知らないもの、未知なるものに対する好奇心。(中略)そうすると、『老いる』ということも未知なるものなわけですよ」(『快楽上等! 3・11以降を生きる』(幻冬舎文庫)湯山玲子さんとの対談集)

「老いる」ということさえをも、自分におとずれた初体験として、好奇心をもって見てやろう、いやはやなるほどだ。その気持ちがあれば、老いることはないのかもしれない。