大ヒット問題作『ジョーカー』共感と酷評がまっぷたつのワケ

彼は分断の原因か、それとも結果か
御田寺 圭 プロフィール

社会に踊らされ続けて

〈トランプ政権下のアメリカ社会で新たな現象が起きています。社会主義に傾倒する若者が増えているのです。若者を対象にした世論調査では「社会主義に好意的」と答えた人は51%にのぼり、資本主義の45%を上回りました。民主主義や資本主義の象徴とも言われてきたアメリカで、今、何が起きているのか〉(NHKニュース「アメリカの若者に広がる ソーシャリズム なぜいま社会主義?」2019年10月11日より引用)

いまアメリカでは若者層を中心にして、社会主義への人気が高まっている。それは資本主義が貧富の格差を拡大し、さらに自分たちを「顧みられない生きづらさ」へと追いやっているとの実感を彼らが抱いているからだ。民主党による大統領選に向けた候補者討論会では、AmazonやGoogleといった巨大企業の「解体」を大胆にも主張するエリザベス・ウォーレン氏が支持を大きく伸ばし、支持率トップになっている。

 

これまでバットマンに倒される役回りだった「絶対悪」ジョーカーに、『ジョーカー』の物語によって、必ずしも絶対悪とはいえない相対的な評価軸が与えられた。映画で描かれたジョーカーの悲しみや苦しみが人びとの共感をもって迎えられている背景には、グローバル・キャピタリズムとグローバル・リベラリズムの間で置き去りになった「救済を後回しにされてきた社会的弱者(とりわけ弱者側の白人たち)」の現実がある。

ゴッサムシティがめちゃくちゃになってしまったのは、悪のシンボルとしてジョーカーが君臨したからではない。ジョーカーの登場は社会がめちゃくちゃになってしまったことの結果だ。これまでのバットマンシリーズにおける「ジョーカー」は、そのすべてが「悪の原因」だった。だが今回の彼は「結果」でしかなかったことは、特筆に値するだろう。

彼は劇中、最初から最後まで徹底して「ピエロ」だった。貧しい街で爪はじきにされ、テレビに出演して神経障害を嘲笑われ、偶然にも悪のカリスマとして社会から待望される──彼は自分からなにか行動を起こしたのではなくて、ずっと「ピエロ」として踊らされていたのだ。

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終始社会に踊らされる側だった彼がしたことといえば、踊り方を変えたことくらいだ。花が出る手品用のステッキではなく、実弾が出る拳銃を持つことによって。

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