10月20日 蘭学者・杉田玄白が生まれる(1733年)

科学 今日はこんな日

地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。

"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。

先日、前野良沢のお話をしましたが、やはり『解体新書』の翻訳で有名な杉田玄白が、1773年のこの日、若狭小浜藩医の杉田玄白(すぎた・げんぱく、1733-1817)が、若狭藩の江戸屋敷で生まれました。

杉田玄白杉田玄白の肖像が刻まれた1959年日本医学会総会の会員章 Photo by Kodansha Photo Archives

医家である杉田家の3代目として生まれた玄白は、父より医学を学んで、藩医になりました。後に、日本橋で開業、町医者としても活躍します。この頃に、蘭学者達との交流が始まったと見られています。

ある日、小浜藩医の後輩である中川淳庵が、江戸に来ていた出島のオランダ商館関係者から1冊の本を売り込まれました。それが、『ターヘル・アナトミア(Anatomische Tabellen)』です。淳庵は、この本を先輩である玄白とともに見て、精密な解剖図に2人とも大いに興味を持ちました。おそらく非常に高価だったためでしょう、玄白は藩に相談の上、その予算で購入しました。

偶然、長崎で同じ『ターヘル・アナトミア』を手に入れていた前野良沢とともに、刑死人の腑分けを見学し、その解剖図の正確さに驚いて、翻訳の決意を固めたという話は有名です。

関連の日:10月17日 医学者の前野良沢が没する

オランダ語に関する知識や資料がほとんどないこの頃に、一般の言葉の解釈に加え、「門脈」「神経」などの医学用語も作り出しながら翻訳作業でした。現代も使われている医学用語には、この時の翻訳で生まれたものも数多くあります。

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医学会のみならず、その後の蘭学の隆盛に貢献し、日本文化が大きく変容する契機となった1冊を現代語訳で。

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この時、国内に存在した『ターヘル・アナトミア』は、玄白や淳庵らが手に入れたものと、良沢が手に入れたものの2冊だけだったということです。貴重なたった2冊の本が運命的に再会したことで、近代医学のみならず、科学や文化が変容するきっかけとなった日本の宝『解体新書』が生まれたといえるでしょう。

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