中国の中学校で「中3が中2を4階から放り投げた」事件の深刻な顛末

被害者が加害者をいじめていた…?
北村 豊 プロフィール

反撃をはじめた「いじめの対象」

さて、上述したような「校内いじめ」は、中国でも非常に問題視され、長年にわたって防止策や抑止策の探求を続けているが、何年経っても一向に改善の兆しすらなく、加害者に対する厳罰化が唯一の方策なのが実情である。

2017年6月、浙江省温岭市に住む王晶晶は、10年もの長い期間にわたって彼女を苦しめたいじめの元凶である蒋姓の人物(以下「蒋氏」)を告訴した。その結果、2018年4月に温岭市人民法院(地方裁判所)は蒋氏に対して「拘役(拘留)」3カ月の実刑判決を下した。

王晶晶はすでに家庭を持ち、良き夫との間に娘1人がいて幸せに暮らしているが、高校時代に受けた校内いじめは彼女の生活に依然として暗い影を投げかけていたのだが、いじめの元凶の蒋氏が実刑判決を受けたことで、遂に彼女は暗い影を払拭することができたのだった。「拘役」3カ月は刑罰としては非常に軽いものだが、「いじめ」という犯罪に対して刑罰が下されたことは画期的なものだったのである。

 

王晶晶は2007年9月に高校へ入学したが、それから間もないある日の休み時間に教室で机の上に陶器の湯飲み茶碗を置いていたところ、周囲でふざけていた男子2人が誤って湯飲み茶碗を床に落として割ってしまった。どうせ安い湯飲み茶碗だから割れても問題はなかったので、彼女は2人に対して冗談で「この湯飲み茶碗は300万元(約4500万円)もするのよ」と笑いながら言い、弁償には言及しなかった。

当時15歳の王晶晶は軽い冗談の積りであったが、同級生の誰かがそれを悪意で捕え、「そんなに金持ちなのなら、なんてださい服を着ているのか」という話を皮切りに、同級生が彼女の悪口を言うようになり、「小学時代に整形した」、「男友達が群をなしている」、「両親の年収は数億元だが、着ている服はださい」といった陰口をたたくようになった。

この陰口は同級生に止まらず、学校全体に広まり、当時すでに流行していたネットの掲示板にも各種の悪口が彼女の写真入りで掲載された。掲示板には彼女に対するありとあらゆる罵詈雑言が書き込まれ、ひどいものは「あの女は売春婦」、「あの女は死んだ」まであった。学校内でこれらの書き込みを行って王晶晶に対する誹謗中傷を主体的に行っていたのが、上述した蒋氏であった。

こうなると王晶晶は校内における人格攻撃の標的となり、知らない学生に突然殴られたり、嘲笑されたり、罵倒されたりするようになり、遂には高校を中途退学せざるを得なくなった。中退後に王晶晶は工場で働き始めたが、彼女に同情する振りをして接近して写真を撮って、ネットに「王晶晶のその後」と題する写真入りの書き込みを掲載する女子学生まで現れた。これは王晶晶の人間不信を増大したが、彼女に対するいじめは高校中退後も手を替え品を替え、絶えることなく継続したのだった。

王晶晶はそうした苦難を乗り越えて、家庭を持ち、1児の母となったが、「校内いじめ」を受けたというトラウマを克服すべく、校内いじめの元凶であった蒋氏を10年後に告訴し、最終的に勝訴したのだった。この勝訴によって王晶晶は心機一転して、心晴れやかに新たな人生を歩むことになったのである。

いじめは人間の攻撃行動の一形態だというが、それが学校内で集団行動になると、加害者の攻撃は激しさを増し、被害者が受ける打撃は大きくなる。しかし、「窮鼠猫を噛む」の諺通り、弱者は追いつめられると強者に反撃することがある。

上述した身長190センチメートル、体重100キログラム以上の黄某はその体格とは裏腹に、ネズミの心臓で韋某のいじめには常に受け身だったが、事件当日の黄某は窮鼠となって彼が本来持っている力を発揮して韋某を4階から下へ放り投げたのだった。今や韋某は黄某の本当の強さを身に染みて感じていることだろう。筆者は情状酌量により黄某の刑が軽減されることを祈るものである。

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