講談社が陸海軍から、圧倒的に「優遇」された「残念な理由」

大衆は神である(71)
魚住 昭 プロフィール

記念写真に写っていた中央公論社や改造社の編集者らをはじめ日本評論社、岩波書店、朝日新聞などの編集者・記者ら約60人が治安維持法違反で逮捕された。そのうち4人は激しい拷問と栄養失調のため死亡した。

横浜事件の捜査が継続中の昭和19年6月、マリアナ沖海戦で日本海軍は空母、航空機の大半を失い、7月にはサイパン島の守備隊3万人が玉砕、住民の死者は1万人に達した。

そんな危機的な状況下でも、陸海軍とのパイプを持つ講談社からは新雑誌が刊行されるのである。

 

両方と直接に固く結びついたわけであります

あらためて竹中保一に登場願おう。録音速記にはこうある。

【19 新雑誌発刊の動機】
『海軍』と『若桜』の二つの新雑誌を発刊するに至った経緯について話しましょう。
先に『冨士』『雄弁』が休刊しましたが、その代りに、軍部、とくに陸軍では何とかして講談社に新しい軍事雑誌を出させたいと考えていました。
それが、まず昭和十八年九月に朝鮮向けの雑誌『錬成の友』(朝鮮の青年に日本語を教え、日本精神を植えつけるもの。朝鮮総督府監修で4万8000部発行)を出すことが決まりました。
もっとも、本社は前から陸軍省恤兵(じゅっぺい)部の『陣中倶楽部』を出しておった関係上、これと同じような雑誌を朝鮮で発行するというので、『少年倶楽部』の西村俊成氏が編集長となって朝鮮に渡りました。
同年十月二十日、大東研究所に私が大熊武雄氏(陸軍報道部嘱託・講談社顧問)を訪ねましたところ、大熊氏から「今度陸軍では出版会社を設立する計画があり、これには是非講談社を参加させたいがどうだろうか」という提案がありました。
むろん私の一存ではゆかないけれど、「それは結構なことで是非参加するよう努力したい」と答え、本社にその報告をしました。
それから十一月九日に大東研究所で大熊氏、阿部仁三氏(陸軍報道部嘱託・講談社顧問)と会ったとき、この際、軍部が用紙を確保して軍の出版会社にまわし、民間には一部の外、出荷停止にするかもしれないと言われ、私はびっくりして本社へ早速知らせたことがあります。
同じく十一月十三日、日本工業倶楽部で野間省一氏と加藤謙一氏と私が阿部氏に会った際、朝鮮向け雑誌の発行と、海軍から雑誌発行の要請が来ていることを内々に伝えました。
この海軍からの要請というのは十一月五日、丸の内茶寮で『少年倶楽部』の懇談会があって海軍省報道部の高戸(顕隆)大尉に話を聞いた時、私も同席しましたが、話の後で高戸大尉から雑誌の用紙について、官給品いわゆるマル官が相当あるんで、これを講談社に何とか融通して海軍の雑誌を出してみたいがという話があったのです。
十二月十日になって再び丸の内茶寮で高戸大尉と、今度は加藤氏と私が懇談したとき、やはりマル官の用紙について話し合い、即座に、本社が大部数の雑誌を引き受けるからと全面的に協力を申し出ました。
すると、その話を聞いた陸軍が急きょこれに負けじと、新雑誌を講談社に任せることになりまして、海軍と陸軍とほとんど相前後して雑誌を発刊することが決定したような次第です。

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