講談社が陸海軍から、圧倒的に「優遇」された「残念な理由」

大衆は神である(71)

ノンフィクション作家・魚住昭氏が極秘資料をひもとき、講談社創業家・野間家が歩んできた激動の日々と、日本出版界の知られざる歴史を描き出す大河連載「大衆は神である」。

戦況が悪化する中、紙の割り当てや雑誌の統廃合を通じて、国は出版界への統制を強めていった。そうした苦しい出版界にあって、講談社は意外にも「新雑誌」を創刊することになる。陸軍と海軍からの委託を受けた新雑誌であった——

第七章 紙の戦争──省一の講談社入り(3)

出版業者の大整理と大日本出版報国団

太平洋の激戦地・ガダルカナル島からの撤退で明けた昭和18年(1943)は、出版統制の嵐が吹き荒れた年でもあった。

同年2月、国家総動員法に基づき出版事業令が公布された。この勅令の目的は、一切の出版物を情報局の完全な統制下におくことである。それまでの日本出版文化協会が解散し、より強力な統制機関として日本出版会(初代理事長は情報局次長・久富達夫)が誕生した。

 

日本出版会は、出版業者の大整理に着手した。当時、全国に約3400あった出版社を有無を言わせず200社程度に統合し、用紙の重点配給と思想統制を徹底しようというのである。

生き残った社に対しては紙が割り当てられるので、残りたい社は他社の用紙割当実績を買い取らなければならない。講談社は第一書房、婦女界社、後に創価学会第2代会長となる戸田城外(とだ・じょうがい)(戦後に城聖[じょうせい]と改名)が経営する大道書房など29社を買収した。

同年7月には、出版界の大整理をスムーズに進めるため、出版関係従業者からなる大日本出版報国団が結成された。これは、上からの命令で強権的に行う出版社の統廃合を、下から自発的にやっているように見せかける「出版界の翼賛会」(省一の証言)である。

団長は日本出版会会長の久富達夫が兼務し、事務局長には元『キング』編集長の橋本求、挺進隊長には省一がなった。団の綱領を紹介しておこう註1

一、我等は皇国民たるの本義に徹し承詔必謹(しょうしょうひっきん)以て天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運を扶翼(ふよく)し奉らんことを期す
一、我等は出版の国家的使命を体認し総力を結集して皇道文化の興隆に挺身[ママ]せんことを期す
一、我等は思想戦の戦士たるの重責を自覚し錬成精進以て職域奉公の実を挙げんことを期す