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ドラフト4位の桧山進次郎を「暗黒時代」から救ったノムさんの言葉

「ドラヨン」が名選手になる理由(後編)

今年もドラフト会議がやってきた。メディアとファンの注目を集めるスター選手の陰で、地味なドラフト4位指名  =「ドラヨン」の選手たちが、のちにチームを牽引する存在へと成長するケースが多いことは、あまり知られていない。

なぜ彼らは強くなれたのか? 選手本人へのインタビューでその秘密を追う、田崎健太氏のノンフィクション『ドラヨン』から、阪神一筋の選手生活を送り「代打の神様」の異名をとったドラヨン、桧山進次郎の章を特別公開! 

とんでもない力の差

92年のタイガースは、一軍、二軍共に高知県安芸市営球場でのキャンプから始まった。桧山は二軍に回された。

「もう走攻守全てが違いすぎる。例えば肩の強さ。自分ではそこそこ肩は強いと思っていたんです。自分が最初にノックを受けて送球してみると、その後の先輩たちが投げる球筋が比べものにならない」

守備位置も大学生と比べるとかなり後方で、内野手まで距離があった。 

「地肩の強さじゃなくて、足を使わないと(内野手まで)投げられない。足の運びとか考えないと肩や肘を痛めるなって」

 

実戦に近い練習に入ると、飛んで来る球の強さにも辟易した。 

「打球の勢いが違う。フライがとんでもないほど上がる。レベルの違いにびっくりして、力の差を感じましたね」

そんな桧山に守備を教えたのは、一軍外野守備走塁コーチの島野育夫と二軍の外野担当コーチの切通猛だった。二軍の練習が終わると特守──守備特訓の時間になった。

「毎日でした。一軍の選手が一人とぼく、あるいはぼく一人。切通さんがノックをして、島野さんはずっと後ろからぼくを見ている。それで色々と指導してくださった」

──(打球が飛んだ瞬間に行き先が)分からないからといって、適当にスタートを切るな。

──(球は)全部片手で捕れ。

島野の指導は合理的で、理にかなっていた。