「ドラフト4位」の桧山進次郎はあの日、なぜ阪神入りを決めたのか

「ドラヨン」が名選手になる理由(前編)
田崎 健太 プロフィール

「巨人がオロナミンCなら、阪神はリポビタンD」

生来、楽観的な桧山はいかに目立つかを考えるようになった。
この年のタイガースのドラフト1位は、大阪桐蔭高校の萩原誠だった。地元出身、甲子園でも注目された長距離打者に、熱狂的な関西のメディアが殺到していた。そこに桧山はドラヨンの気軽さから、割って入ろうとした。

〈萩原君、ちょっと待った。阪神・ドラフト4位指名の桧山進次郎内野手(東洋大)が29日、 京都市右京区の実家で久保スカウトのあいさつを受けた。「小さいころから掛布さんのファン」 という桧山は、「もし頂けるなら、ありがたく頂きます」と「31」番襲名に遠慮気味な1位指名萩原に代わって名乗りを上げた〉(『デイリースポーツ』1991年11月30日) 

桧山はこの報道には少々間違いがあるという。

「貰えるならば、嬉しいですって言ったはずです。そこは謙虚にしていました」

 

タイガースを熱愛する人たちの頭には、88年に引退した掛布雅之の幻が残っていた。彼がつけていた背番号31は欠番となっており、引き継いでくれる若き好打者を探していたのだ。

入団記者会見では「巨人がオロナミンCなら、阪神はリポビタンDのようにファイト一発の精神で頑張りたい」とジャイアンツの選手が出演していたテレビコマーシャルを使って、笑いをとった。 

背番号「31」は萩原が、桧山は「24」となった。

「ぼくは2桁の番号をつけたいと思っていたんです。そしたら24が転がり込んできたからラッキー、なかなか良い番号がもらえたな、みたいな感じです」 

セ・リーグの最下位を彷徨っているタイガースならばレギュラーを簡単に獲れるだろう、そう思っていた桧山はキャンプ入りと共に自分の考えが甘かったことを知る。