「ドラフト4位」の桧山進次郎はあの日、なぜ阪神入りを決めたのか

「ドラヨン」が名選手になる理由(前編)
田崎 健太 プロフィール

「お前が入って阪神を強くしろ」

3位以内に指名されなかったことで心が揺れたのだろう、この日の記憶は曖昧である。ただ、タイガースの担当スカウトだった今成泰章が寮に挨拶に来たことは覚えている。

「監督は今成さんと仲が良かったんです。電話ごしに〝明日ぐらいに挨拶行きたいんですけれど時間ありますか〞と今成さんが話しているのが聞こえてきた。そうしたら監督は〝馬鹿野郎、桧山怒ってんだ、今すぐ来い〞って言ってくれた。後から考えれば、今成さんの家は東武沿線で、帰り道だったんでしょうけど」

 

東武東上線の鶴ヶ島駅に近い東洋大学野球部の寮に今成が着いたのは、その日の夜のことだった。

「行くとか行かないとかいう話はしていないと思います」 

桧山の心に引っかかっていたのは、4位という指名順位に加えてタイガースが長らく低迷していたことだった。

タイガースは85年のリーグ優勝の後、翌86年こそ3位に留まったが、その後は87年から91年までの5シーズンのうち、最下位が4度、5位が1度。文字通り、セ・リーグの底辺に貼り付いていた。

そんな桧山の背中を押したのは父親だった。煮え切らない桧山にこう言ったのだ。 

「同じ関西に帰って来るのならば、社会人よりも(プロの)阪神の方がええ。お前、小さい頃から阪神ファンで育ってきたんやろ。最下位ばっかりっていうのは逆にチャンスがあるっていうことや。小さい頃、阪神に入ることを夢見ていたわけやろ。お前が入って阪神を強くしたらええやないか」

自分がタイガースを強くしたらいいという言葉に桧山ははっとしたという。 

「冷静になってみれば、阪神は外野のポジションも空いている。バッティングは自信があるし、 外野の守備も中学生のときまでやっていた。これ、いきなり一軍で活躍できるなって」