「ドラフト4位」の桧山進次郎はあの日、なぜ阪神入りを決めたのか

「ドラヨン」が名選手になる理由(前編)
田崎 健太 プロフィール

「3位までには入るやろ…」

予想通り、1位で若田部にホークス、ジャイアンツ、カープ、ライオンズの4球団、斎藤にホエールズとドラゴンズ、田口に日本ハムファイターズとオリックス・ブルーウェーブが重複指名した。

それぞれ若田部はホークス、斎藤はホエールズ、田口はブルーウェーブが交渉権を獲得した。そしてドラゴンズは落合、カープは町田公二郎を外れ1位として指名した。

若田部、落合とは東都大学リーグで対戦して、互角以上の勝負をしたという自覚があった。また、町田は日米大学野球選手権大会の同僚でもある。

「当時は〝剛の町田、柔の桧山〞って言われていたんです。剛の町田がまず選ばれたっていう感じです」

 

1位に続き、2位指名に入った。しかし、桧山の名前は呼ばれない。

「ぼくは守備的な不安があるから、1位は掛からへんやろなっていうのがあった。2位もなかった。でも3位までには入るやろうっていうのがありました」

頭に浮かんだのは、実家にいる両親たちの姿だった。

「テレビ中継があったのは3位までだったんです。関西で親や身内、友だちがみんなテレビを観ている。テレビが映っている間に指名されたいって。選択希望選手、誰誰って自分の名前を呼ばれるのをテレビで観たいじゃないですか」

すると一緒に待っていた徳田がファイターズから3位で指名された。

「おお、良かったなって。そうしたらテレビが終わった」