「石油はもうすぐ枯渇」は大ハズレ…未来予測が当たらない深い理由

エリートたちが知恵を絞っても当たらない
上田 篤盛 プロフィール

なぜ当たらないのか?

それにしても未来予測は、なぜ昔からこうも当たらないのだろうか?ひとつの理由として考えられるのは、悲観論の存在である。

私達が日々マスメディアで触れるニュースにおいて、ポジティブなニュースとネガティブなニュースのどちらが多いだろうかと問えば、これは明らかに後者だろう。このことからもわかるように、人間にはポジティブな情報よりもネガティブな情報に対し、より敏感に反応するという傾向がある。

こうした、見方によっては「悲観論を喜ぶ」メンタリティが誰の中にも一般的な傾向としてあることが、その人の行う未来予測を無意識のうちに暗い方向、悪い方向へと誘導しているという可能性は否定できない。

しかもこうした悲観論が示されるにあたっては、どういうわけか、それらのネガティブな状況に対して人間や社会の側が有効な手立てを見つけられないという「設定」が言外に含まれているのも問題だ。

実際には過去の歴史を見てもわかるように、人間社会は新たな困難に直面するたびに、それについて学び、対策を講じてきた。日本だって、かつて石油危機を経験したり、環境問題を引き起こしたりしてきたが、そのたびにエネルギー対策や環境対策を行ったから現在があるのである。あらゆる「問題」は対応が可能だし、対応の結果、改善が図られれば当初予測された悪い未来も当然変わってくるのだが、多くの未来予測においてはそのことが忘れられがちだ。

人が未来予測を外してしまう理由の第2は、未来において発生する科学技術上の「ブレークスルー」を、過去の世界に生きる人間はなかなか想像できないということである。

たとえば今日普及したスマートフォンを含むICT(情報通信技術)であるとか、AIの登場などは、半世紀前、1970年代の人間が予想できる範囲を明らかに超えている。

逆に科学技術を信奉し過ぎるあまり、その制約要因を考慮しないというのも未来予測者が陥りがちな罠である。

こちらもなるべくわかりやすい例を挙げると、近代的な建物や高速鉄道網を建設する場合に、中国や北朝鮮のような非民主的な国であれば、政府がそれらの施設を作りたい場所に住んでいる住民たちを強制的に立ち退かせれば、その跡地に簡単に作ることができる。

しかし日本やアメリカのような民主主義の国ではそうはいかない。これら民主主義の国では国民が財産を私有する権利を保障されているがゆえに、その権利を侵害する形での開発はたとえ国益に資する場合でもそう簡単にはできない。いわば「近代化」の制約を受けるわけだ。

あるいは、社会的道義や倫理観も科学技術の制約要因になりうる。わかりやすい例では、人間の細胞から人間を複製することは技術的にはすでに可能となっているにもかかわらず人道上・倫理上の見地から研究が制限されている。同様に、脳死状態にある人から臓器を提供されて行う臓器移植も、技術的にはすでに確立したものではあっても倫理上の問題から実行するのはそう簡単ではない。

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