2019.10.13
# エンタメ # ラノベ

現役のラノベ作家が、現在の「なろう系ブーム」を考えてみた

高木敦史の迷走物語(3)
高木 敦史 プロフィール

閃きだけが羅針盤

単純に、たぶんそのやり方では自分は壁を壊すどころか延々撫で続けるのみになっていたはずです。ここではおそらく自分の「見て書く」やり方は通用しません。

だって、小説投稿サイトで要求される「書き方」は、人気のジャンル・エッセンスを分析し、物語をコントロールし、人気の出そうな方向に舵を切り、スピード感のあるペースで更新を続ける……って、これは完全に『メイド様の裏マニュアル』でやろうとして失敗し、自分には向いてないやり方だと結論づけたことそのものですから。(その経緯の詳細はこちら

ラノベのアイデアアイデアを出すために開発した、エクセルのマクロ。ワークシートに登場人物、特徴、場所、舞台、結果、などプロットづくりに必要なキーワードを打ち込み、組み合わせてプロットを作る作業を一年間、ひたすら続けた。
 

私は現在、かなり自由に書かせていただいていると思います。「自由に」というのは、こちらが不自由を感じないように編集者の皆様が丁寧にサポートしてくださっているということです

今だって、登場人物の動くままを書き留めただけの原稿を渡して「どうしてこう動いたんですか?」「いや、彼女が勝手に」「なんで?」「こういう背景があるからです」「見落としたかもしれませんが、それどこかに書いてありましたっけ?」「あ、ないかも」「ええ……」と編集者を困らせます。

ここまでお読みくださった方には自明と思いますが、私はそもそもプロットを作るのが苦手です。

自分が面白いと思うことではなく、みんなが面白いと思いそうなことを書く……ということにはデビュー後、四年目くらいで気づいたのですが、そういうプロットを作って企画が通っても、いざ本編を書き始めたらたいていその通りには進みません。なので、「自分もネットに小説を投稿しようかな」と思っても、いつもの書き方をしたら「編集者のいない小説がいかに迷走しているかバレてしまうな」という不安に駆られて尻込みします。

実は二巻で止まっているデビュー作『“菜々子さん”の戯曲』について完結編を小説投稿サイトに公開する許可を得まして、ちょこちょこと書き始めていたりもするのですが、目下迷走中です。

「見て書く」以外のやり方をしないと通用しないと察しつつ、かといってかつて失敗した書き方をもう一度試すのも恐らく違う……何か、今の自分のやり方の延長線上にある閃きのようなものを手探りで探しているところです。

読む側にすればどうやって小説が書かれたかなんて知ったこっちゃないかもしれません。ですが、書く側としては「この勢いとこの角度でボールを投げればちょうど想定ページ数くらいで着地するから、あとは登場人物にそこをめがけて走ってもらおう」という一本調子なやり方からステップアップしたい気持ちがあり、せっかく締切もないから試行錯誤し好んで「迷子」に陥っているのです。

行き当たりばったりが面白いワケ

今回いろいろ振り返って気づいたのですが、自分が日常でもよく道に迷っているのは、「漫然と」進み、目的地を「見失う」という、これまでのキャリアにおける迷走と全く同じ構図です。そして自分はその迷走を楽しんできました。とすれば、突き詰めていくと「方向音痴は基本的に、世界を肯定的に見ている」と言えます

思いつくままに生きてきて、ときたま周囲に影響され、そこそこ上手くやって来て、辿り着けたらラッキーだし、ダメなときは別な手段を試せばいいやというこだわりのなさ。贔屓目に見ても楽観的すぎます。

実際、自分が小説を書く動機は「これ、自分では面白いと思うんだけれど」と差しだしたときに「そうだね」と言ってくれる人がいたらいいな、というかなり暢気な確認作業の側面が強いです。

もし差しだしたときに「全然面白くないよ」という人ばかりだったり、あるいは誰からも黙殺されて見向きもされなかったら、きっとまた自分にガッカリした後で「でもまあそのうちどっかに着くだろ」と散歩するように過ごすでしょう。そして思いついたら試してみる、その繰り返しです。そんな日常が成立している自分は、非常に恵まれています。

もちろんこれからどこへ行くのかはさっぱり分かりませんが、出来れば長くこの「迷っている」状態を楽しみたいと思います。

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