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現役のラノベ作家が、現在の「なろう系ブーム」を考えてみた

高木敦史の迷走物語(3)

就活で完敗し、漫然と日々を暮らすなか2度の転機によって作家をめざし、晴れてラノベ作家としてデビューした高木敦史さん。デビュー作の『“菜々子さん”の戯曲』は「売れていない方の中では売れている方」という極めて曖昧な評価で、シリーズ二作目で早くも打ち切りに。

担当編集者に「高木さんはラノベを分かっていない」と言われ、担当編集者に言われた「ある方法」に従って週に10~30本のプロットを出し続ける日々を1年続けます

ようやく編集者からのOKをもらい、満を持して書いたその作品はしかし、全く売れず失敗に終わりました。が、その迷走と経験は高木さんを作家として逞しくさせるものでもありました。大好評「高木敦史の迷走物語」第3回目です。(第2回はこちら

「見て書く」以外のやり方はないのか?

高木です。これまで2回にわたり、デビューまでの迷走、新人の頃の迷走について書いてきました。

自分は物語を書くとき、基本的には頭の中に登場人物を全員作って彼らが好き勝手に動くのを書き留める、というやり方をしています。キーボードを叩いてディスプレイに表示されていく文章を読みながら、そこで初めて「へえ、そう動くんだ」と知り、それを「見て書く」方法です。

 

それに元より「他人の行動や言動は制限出来ない」と考えているので、彼らが動いた結果は「それだと後々死んじゃうからやめようよ」「僕が許してもお天道様が許さないよ」などといった事情がない限り尊重します。そうやって書き上がったものを編集者に提示して打合せを重ね、「ここでこの人がこう動くのは不自然ではないか」などの指摘をいただきます。

編集者とあれやこれやと話し合う中で、物語がめまぐるしく様相を変えていくのは楽しくもあり、登場人物が編集者の指摘から新たに何かを発見した結果、にわかにイキイキと動き出す瞬間には、自分ひとりで書いていたのでは絶対に味わえなかったであろう高揚感が得られたりします

一方で、この「見て書く」やり方以外にも模索する必要があるのではないか、と思うこともあります。なぜかといえば、昨今の小説・ライトノベルを取り巻く状況が、私がデビューした当時とはだいぶ様変わりしているからです。

顕著なのはインターネットの普及、そしてSNSの潮流です。もちろん、私がデビューした2010年には既にインターネットは広く浸透し、高速回線が当たり前の時代になっておりました。ただし小説の応募に関しては、当時は「紙に印刷した原稿をダブルクリップで綴じたのを封筒に入れて所定の宛先に送る」のが主流で、場合によっては手書きの原稿も投稿可でした。

しかし今ではインターネット上に小説を投稿出来るサイトがいくらでもあり、その多くがたくさんの作品で賑わっています。

たとえば「小説家になろう」というサイトはふだんそれほど小説を読まない方にも名が知られております。当時を振り返ると、それらのサイトがここまで多くの方に認知され、そして日々たくさんの小説が投稿されるようになるとは想像しておりませんでした