市場半減の出版不況でも、紀伊國屋書店は「11期連続黒字」のワケ

カギは37店舗もの海外展開にあった
米津 香保里 プロフィール

日に日に落ちていく売上

中でも大きな危機に見舞われたのが、シンガポールに店を開いて14年目、1997年にボーダーズが2970平米の店を引っさげてシンガポールに上陸してきたときだ。

「それまでも地元書店との戦いはありました。でもそれはアジア大会程度。そこにオリンピック級の存在がやってきたのです」(森副社長)

ボーダーズ出店の影響は大きく、当時500平米ほどで展開していた紀伊國屋書店シンガポール5店舗の売上は日に日に落ちていった。このとき紀伊國屋書店は、ボーダーズと商圏の重なる4店舗を閉め、シンガポール本店としてボーダーズを上回る3960平米の大型店をオープンすることを決断し、実行する。

狙いは当たり、シンガポール本店はジリジリと数字を上げ、結局ボーダーズをシンガポールから撤退に追いやった。この新シンガポール本店が、その後の海外出店にポジティブな影響をもたらすことになる。

当時ここまでの広さと品揃えを誇る書店は世界的に見てもなかなかなく、紀伊國屋書店は商業施設オーナーにとって「ぜひ出店してほしい店」になった。こうして、マレーシア、タイ、オーストラリア、ドバイと次々に出店が決まっていった。ボーダーズに対抗するために作った店が、奇しくも多店舗展開を実現するためのプロトタイプになったのだ。

紀伊國屋書店ドバイ店のエントランス

この経験を通じて、紀伊國屋書店は大切なことに気づいたという。家主に望まれて出店するからこそ、商売が軌道に乗るということだ。

「書店ビジネスは、店のロケーションと賃料で、ある程度収益レベルが読めます。いかに良い条件で出店するかは非常に重要です。だからこそ、先方から望まれて出店することが大切。紀伊國屋書店は強く請われて出店できたからこそ、ここまで拡大しつづけることができたのです。ですから当社には、マニュアル化した出店計画がありません。あまりに固定化した出店計画があると、どうしても計画を優先してしまい、不利な条件を飲んでしまいがち。理解ある家主との出会いがきわめて重要なのです」(森副社長)

非英語圏の作家の文学をいち早く紹介

しかし、いくらシンガポール本店がプロトタイプの役目を果たしたからといって、それだけの理由で家主から選ばれるほどビジネスは簡単ではないはずだ。「紀伊國屋書店なら、うちのエリアでもきっと繁盛店になってくれる」、そう思うからこそ、家主は出店を申し込むのだろう。

そもそも地元の人たちは、紀伊國屋書店のことをどう思っているのだろうか? ツテをたどって地元住民に聞いてみた。

 

「信頼できる大型書店という感じ。手に入りにくい海外の本がほしいときによく利用します」
「地元の書店よりも棚が見やすくて、本が探しやすい」
「よく利用します。行くと何か面白いものがあるので、つい長居してしまいます」

紀伊國屋書店は、どうやらシンガポールにすっかり馴染んでいるようだ。「なぜ、紀伊國屋書店は地元に根付くことができたのでしょうか?」。そう尋ねたところ、森氏は「それはお客様の受け止め方次第なのでわかりませんが……」と戸惑いつつ、「誰にとっても欲しいものがある、そういう書店を目指してきたからでしょうか」と答えてくれた。

「シンガポール本店であれば、英語、中国語を初めとして5つの言語の商品を取り揃えるというように、海外店はそのエリアのお客様に合わせてマルチリンガルで本を揃えています。また、非英語圏の作家が英語で書いた文学がいま世界の潮流になっていますが、そういったものをいち早く紹介したり、日本のコミック『キャプテン翼』を紀伊國屋書店がアラビア語に翻訳して販売したり、世界を俯瞰して面白いコンテンツを届ける、いわば『クロスカルチャー』も当社の強みだと思います。
最近ではノンブック(書籍関連商品。文具や雑貨など)にも力を入れていますし、日本文化の紹介を目的にお客様に折り鶴を折っていただくイベントを開催したり、アラビア半島に伝わる女性の民族衣装・アバヤを販売してみたり。各店ごとに、日本から来た書店だからこそ提供できる面白さは何なのかを考えながら色々なことを試しています」(川上総支配人)

「海外での書店経営は、日本と違うことばかり。本の値段は自由に付けられますが、ほとんどの本は版元から買い取りで仕入れるので売れ残っても返品できません。つまり、仕入れた本はなんとしてでも売り切らないといけない。日本より自由度が高い分、リスクも高い。一つの判断ミスが命取りになるような、厳しくもやりがいのある世界です」(藤則副社長)

どうやら紀伊國屋書店は、異国というアウェイで厳しい戦いにさらされながら、日本という外からの視点、世界を俯瞰する視点、現地の視点という3つの視点を駆使して、ユニークで横断的な品揃えやサービスを実現しているようなのだ。
そういえば、冒頭で紹介したジム・ロジャーズ氏のトークイベントも、氏が日本で発売した日本語の本をシンガポールの地で多国籍の人たちに向けて著者みずから英語で紹介していた。これもまさにクロスカルチャーと言えそうだ。

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