「お仕事は?」「ええっと…………………作家…………………です」

失われた小説をもとめて【3】
藤田 祥平 プロフィール

淑女との会話

無人だった。

明かりはついていたし、椅子が五脚のカウンターは拭き清められているし、奥の棚にはグラスと焼酎とウイスキーの瓶が凄然と並んでいるし、人の気配もしたので、「ごめんください」と言ってみた。

奥から銀齢の淑女があらわれた。

すてきなドレスを身につけていた。

「はい、こんばんは」と彼女は言った。

「済みません」と私は言った。「お酒を飲みたいのですが」

彼女は微笑んだ。

「どうぞ」と彼女は言った。

ところで、このスナックは入り口どころか天井まで低かった。私の身長の数センチ余りほどしかない。

しかし、それが当然である。私は一見の客であり、銀齢の淑女の身長は私の半分だった。

「瓶麦酒を……」と私は言った。

「はい。キリンしか有りませんが?」

「ええ、結構です」

すぐに瓶麦酒と小さなグラスが出た。

あんまり慣れていないもので、いや、あるいは、ここがいったいなんなのか、どうした場所なのか、まったく混乱していたせいで、私は手酌をしようとした。

「お兄さん。気を遣ったらいけませんよ」

うつくしい手が私の左手から瓶をすくい取っていった。

注いでもらった。

「ありがとう」と私は言った。

少し飲んだ。キリンの瓶麦酒の味だった。

 

「麦酒だけじゃあ寂しいでしょう」と彼女は言って、小さな冷蔵庫から小皿を取り出した。

突き出しであるようだった。

「お口に合うかしら」

食べてみた。

なんの魚かわからないが、魚卵を、なんらかの海藻で包んで、煮染(にし)めたもののようだった。

調味料からなにから、全部違うのだろう。うまいのかどうか、まったくわからなかった。

「おいしいです」と私は言った。

「よかった」と彼女は言った。「お兄さん、どちらからいらしたの?」

「大阪です」

「まあ、大阪? ご出張ですか?」

「そんなようなものです」

「道中は……飛行機かしら?」

「いえ、車で」

「まあ……お車で? それは、大変なことですね」

「ええ」

「いったい、どんなお仕事をなさっているの?」

「ええ……………………………」と私は言った。「……………………………ええっと…………………………作家……………………です…………………………」