直木賞作家である篠田節子さんの最新刊『介護のうしろから「がん」が来た!』は、認知症の母の介護中に篠田さん自身が乳がんになったところから始まり、どのように母の介護と自身の治療を並行させていったかを細かく記した闘病&介護エッセイだ。篠田さんの冷静な視点と分析によるリアルな「今」の情報が、ユーモアあふれる筆致で綴られている。
発売を記念して数回にわたり、本書より抜粋掲載にてエピソードをご紹介する第2回。
前回は篠田さんが乳がんを告知されたときの話をお伝えした。今回は自身の乳がん手術を終え、病院でお世話になりながら篠田さんが改めて感じた病に倒れてからの生き方の大切さ、「患者の自立」についてお伝えしていく。
第1回はこちら
洗髪をしてもらって分かった絶大な効果
「シャンプーしてみます?」
病室に華やいだ声が響いた。おしゃれ系の若い看護師さんがにこにこ笑って立っている。手術から2日後の午前中のことだ。
はーい、とためらわずについていくと、ナースステーションの裏側にシャンプー台と椅子があった。美容室にあるのと同じシャンプー椅子に腰掛けると、看護師さんが美容師さんの手際で、すいっと椅子を倒し、しゃかしゃかと洗ってくれた。
えっ、いいの?
さしたる重症でもないのに、恐れ多くも看護師さんに髪を洗わせている……。「病院でこんなことしちゃうんだ!」 「そう、昔は皆さん入院とか手術とかいうと髪を切ったらしいですけど、それって気分もダウンするじゃないですか」
然り。
浮き浮き感に鼻歌の一つも出そうになりながら髪を乾かした。
さっぱりして気持ちいい、のはもちろんだが、洗髪中の看護師さんの明るいトークと「美容室」の雰囲気に入院中であることを忘れた。これはヘタなカウンセリングより効果大かもしれない。
ビニール風呂敷を敷いて頭を洗っていた
ふと、20数年前にさる大病院の主催する介護教室に通ったことを思い出した。
ベッドに寝ている被介護者の頭を囲むように、畳んだタオルをU字形に置き、その上からビニール風呂敷を敷いて土手を築く。片手で被介護者の首を浮かし、傍らのバケツから汁椀(!)でお湯をくみ出して髪を濡らす。シャンプーした後は、その汁椀でゆっくりお湯をかけてシャンプー剤を流す。汚れた水はベッドの下に置かれたバケツに落ちる。
被介護者役である受講生の頭にプラスティック椀でお湯をかけながら、ひどく落ち込んだ覚えがある。身の回りの物を使うにしても、プラスティックの汁椀と、布団の上にビニール風呂敷か? 若い娘どもの朝シャンが流行って、普通の家でもシャワー付き洗面台を取り付けた時代のことだ。
絶対安静の病人や怪我人ならいざ知らず、要介護者になったとたんにこれかよ、と暗澹たる気持ちになった。