2019.10.11

就活生を苦しめる「黒髪至上主義」という呪縛は、かくして生まれた

元凶はとある1つの論文だった…?
平松 隆円 プロフィール

黒髪といいますが、平安時代の人たちが愛でた黒髪は、単なる黒ではありません。艶やかで深い黒の髪が愛でられてきました。日本の伝統色には、黒と一口にいっても、漆黒(しっこく)や紫黒(しこく)にはじまり、黒橡(くろつるばみ)、黒鳶(くろとび)、黒紅(くろべに)、鉄黒(てつぐろ)、黒檀(こくたん)、濡羽色(ぬればいろ)など、多様にあります。濃いねずみ色に近い黒の黒橡、暗い赤褐色の鳶色が暗くなった黒鳶、青みを帯びた黒の濡羽色など、日本人は黒に対して、一方ならぬ想いを抱いてきたのです。黒の違いを愛でる心が、黒髪の表情を愛でる心へと、つながっているとも言えるでしょう。

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そして、艶やかな黒髪が美人の条件となっていったのです。そのことは、当時それだけ美しい黒髪を手にすることが難しかったという時代背景も反映しています。平安時代には、今のようなシャンプーはもちろんのこと、ヘアケア製品などありません。米のとぎ汁や植物を焼いた灰を水に浸したときにできる上澄み液で髪を洗ったりしていました。美しい髪を手に入れるために、神頼みもしていたほどです。

白髪染めは許されているのに…

ちなみに、黒髪と対極にある白髪は、昔から嫌われていました。なぜなら白髪は、古くは「九十九髪(つくもがみ)」と呼ばれ、老いの象徴だったからです。

 

たとえば、『平家物語』の中では、73歳という高齢で篠原の戦いに参加する斎藤実盛という人物が登場します。実盛は、白髪の老人が大将だと敵に分かると主君に申し訳ないからと、自らの白髪を染めたというエピソードが記されています。史実かどうかは別として、白髪がすでに『平家物語』が執筆された時代から嫌われていたことが分かります。

こうした白髪は染めるものという考え自体は古くからある一方で、元々の髪色を染めることは、日本では好まれてきませんでした。とりわけ教育現場では、校則などで髪を染めることを禁止している高校は珍しくありません。そして、時にはそれが行き過ぎた指導となって、事件となることもあります。

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