実は、量子コンピュータに代表される「量子情報処理」という新しい分野でも、この考え方が大きな役割を果たしている。ハイブリッドを合言葉に進展する学際的、融合的な研究開発は、いったい量子コンピュータの実現にどんなインパクトを持っているのだろうか?
コンピュータの発達を牽引してきたシリコン
シリコンを材料に、「量子ビット」という量子技術を用いた新しい機能を実装する研究開発を行っている、理化学研究所の大野圭司教授。
「この研究のコンセプトを説明するのにぴったりのたとえが、実はハイブリッド車なんです。
エンジンという機能に、ガソリンという既存方式と、電動という新方式を組み合わせる。以前からある技術で信頼性や技術の連続性を保持しつつ、新しいもので革新する──このハイブリッドの考え方を、量子情報処理に使いたいなあ、と考えました」
現在のコンピュータを支える半導体技術は、インテル共同創業者ゴードン・ムーア氏が1965年に提唱した「半導体集積回路のトランジスタ数は18ヵ月ごとに倍増する」という経験則、いわゆる「ムーアの法則」に沿って、より小さく、より速く発達してきた。20世紀から今世紀にかけて、半導体の主役となったのは原子番号14の元素、シリコンである。

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「通常われわれが使っているコンピュータや情報処理は、シリコンを用いた半導体の開発競争に支えられてきました。だからシリコンを扱う技術は洗練されているし、既存のシステムとの親和性や接続性も極めてスムーズです。
そこでシリコンの中に埋め込むかたちで、新しい技術である量子ビットをシステムに導入し、両方のよさを活かそうと考えました」
いつものように運転し、今までにない性能を得る
ところで、量子情報の研究者や技術者たちは、現在のコンピュータ技術一般について「量子コンピュータ」に対して「古典コンピュータ」、「量子情報処理」に対して「古典情報処理」というように呼ぶ。
なぜなら、量子コンピュータと古典コンピュータは、その原理がまったく異なるからだ。

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たとえば現在のコンピュータが「ビット」を情報の単位としているように、量子情報処理では「量子ビット」が単位となっている。
ところがビットは0か1のどちらかであるのに対して、量子ビットは0と1の「重ね合わせ状態」と呼ばれる状態から成る。これが「シュレディンガーの猫」で知られる半死半生の状態、すなわち0であると同時に1でもあるという、量子特有の非常に自由度の高い状態である。
大野教授のハイブリッドとはつまり、シリコンという「古典」と量子ビットという「量子」のかけ合わせである。