教員が教員をいじめる3つの理由

なぜ、彼らは教員いじめに走るのか。思い当たる理由が3つあります。

ひとつめは、「自分のやり方通りにやってほしい」と型にはめたがる傾向が強いからだと思います。

ふたつめは、妬みや嫉妬の感情です。教員をしていると、自分とは違うやり方で、「子どものことをわかってくれる、やさしい先生」と周囲の評価を得ている同僚に対して、必要のない対抗意識が生まることがあります。

そして、不思議なことに、その姿が許せなくなる。

ところが、ぼくが知っているいじめている側の教員は「素晴らしい先生。あの先生にみてもらうと子どもが言うことを聞く」と、保護者や管理職からは一定の評価を得ていることが多かったのです。なぜなら、子どもたちに対しても抑圧的にふるまうので、子どもたちが抵抗してもムダだと悟り、おとなしくお行儀のよいクラスになるからです。

「挨拶」や「礼儀」も大切だ。しかし、子どもは本来はやんちゃなはず。いつもお行儀よく静かに整列しているのが、子どもたちがのびのび学んでいる「いいクラス」と言えるかどうかはわからない Photo by iStock

神戸の20代の被害者も「やさしい先生」と評価され、加害者は「人気者と評判」だったと報じられています。しかしこの加害側のひとりは、授業中に20代の被害者をいじめたことを子どもたちに面白おかしく報告していました。保護者や子どもたちは信じていたのかもしれませんが、彼らに本当の指導力があるとは思えません。

ぼく自身も、最初から魅力ある授業や学級経営ができたわけではありません。
自らの言葉によって子どもが傷ついたこともありました。言葉だけでなく、態度で子どもたちに悲しい気持ちや、辛い思いをさせたことも多々あります。思い返せば、自分自身をありのままさらけ出して過ごしてきた、13年間の教員生活でした。

ところが「この人は仮面をかぶっているのかな?」と思ってしまう教員が学校では意外に多いものです。例えば担任している児童と、電車の中、買い物している時などで遭遇することを避けている人が多いのです。プライベートな時間には、子どもたちに会いたくないというのです。

ぼく自身は、そのことが理解できませんでした。自分自身がプライベートでも学校でも何も変わらず、人間・森田太郎で接しているから気にならないのです。よって、彼、彼女たちがなぜそんなに嫌なのかわかりませんでした。そのまま、ありのままで接していればいいだけなのに

これが3つめです。「学校で先生を演じていた」のではないか。そうなると、“演じ忘れた”とき、違う顔がのぞくのです。