社会に出たら正解のない問題ばかりなのに…

一連の就活の様子を見て、ふと思い出したのが冒頭の留学生の「先生、そもそもどうしてそれについて考えなくちゃいけないのですか?」という言葉でした。

留学生との会話で印象深かった思い出は他にもありました。昼休みにアメリカから留学生と一緒にお弁当を食べていた時に、「日本の政治についてどう思う?」とカジュアルに聞かれたことがありました。私はそのような話題を振られたことが今までなかったのでびっくりし、恥ずかしいことに「全然わからない」としか答えることができませんでした。

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そしてつい、その留学生に「どうしてそんなこと聞くの?」と尋ねてしまいました。するとその留学生に「私は普段から友達と国の政治について話してるよ」と言われてしまい、私はさらに恥ずかしくなって、またあまりにも日本を知らなすぎるという危機感を抱いたのです。

私たちの多くは、義務教育にて「正解のある問題に正解する」ための手法を学んできたと思います。しかし私は小学生の頃、国語の授業で「人それぞれ感じ方があるのに正解があるなんて不思議だな」と、中学生の頃には数学の授業で「これが将来どう役に立つんだろう、それに、そもそもなんのために勉強するんだろう」と毎日のように思っていました。しかし大人になるにつれ、「テストのため」「いい大学に行くため」と理解し、いつの間にか与えられた問題に当たり前のように取り組み、なるべく正解できるよう努力してきていたのです。
 
けれど、大学に入ったとき、大きな壁にぶつかりました。初めての授業で、授業が終わる5分前に教授から「今日の授業で何を思ったか書いてください」とリアクションペーパーが配られたのですが、書くのに15分もかかってしまったのです。

授業で何を学んだかは説明できるのに、それについて自分がどう思うかいきなり聞かれるとパッと説明できない。自分の考えがまとまらない。つまり、正解のない問題にどう取り組めばいいのか分からなかったのです。その後もレポートの議題決め、ディベートの授業、論述のテストなど自分の考えと問題発見の力が試されていくごとに私はだんだんこのような思いが出てきました。
 
私は今まで何を勉強してきたんだろう。
問題を自分で見つける力ってどうやったら身につくんだろう。
もっと昔から考える習慣をつければ良かった。

そして

社会に出たら正解のない問題ばかりなのにどう生きていけばいいんだろう。

と、不安も募るばかりでした。