もう別々に住んでもいいよね 

ドライバーという仕事柄、元夫と美沙さん母娘とは生活時間帯が合わなくなり、家族4人で食事をすることもなくなっていた。この生活がこれからもずっと続くのか。美沙さんの心の中で、離婚の2文字がますます大きくなっていく。

その後、元夫はドライバーとしての転職を重ねた。少しずつ給料は上がっていったが、同時にそれはドライバーとしての人生を確定させたと、美沙さんには感じられた。
そう、美沙さんが元夫に求めていたのは、地位や名誉やお金ではなく、二人で未来を語り合える関係性だった。今度、ここ行きたいね、これ食べたいね、といった小さなことから、仕事や老後の暮らしのことまで。今よりもっとよくなりたい、という夢を共有できることが大切だったのだ。元夫とはもはや、その関係性は望めそうにない。

そのころ、一緒に暮らしていた義母が亡くなった。「ああ、これで嫁としての役割が終わった」。美沙さんはもう、元夫との結婚生活を継続させる意味を見失っていた。
「『私たち、もう別々に住んでもいいよね』って言ったんです。そうしたら、元夫は、『わかりました』って……」

倒産から5年が経っていた。

 夢を語り合える人と出会えたら

離婚はあっさり成立したが、子どものことはどうするか。とりあえず元夫が直接、当時10歳と9歳だった子どもたちに聞いてみることにした。「パパとママは別々に住むことにしたけど、君たちはどうする?」

「そうしたら、子どもたちは事の深刻さを理解していなかったのか、それぞれ『私はママと暮らす!』『私はパパと!』と答えたんだそうです。何かのイベントだと思ったんでしょうかね」
姉妹は一緒にいたほうがいい。元夫が子どもたちを説得。美沙さんが子ども2人を引き取り、元夫は養育費を払うことで話がまとまった。

離婚後も、子どもたちは父親を慕い続けた。反抗期には「つい口うるさくしてしまう」母親から逃げ出し、しばらく父親の元で暮らしたこともある。
「子育てのいいとこ取りをして! と面白くない気持ちもありましたが、子どもの心の支えになってくれたことは確か。そこは感謝しています」

その元夫も、先ごろ同じタクシー会社に勤める女性と再婚したそうだ。美沙さんは、なんとなくホッとした。

「昨年、上の子が家を出て独立。下の子も地方への就職が決まり、来春から私は一人暮らしになります。最近、子どもたちが『ママもそろそろ恋人をつくったら』と言ってくれたんです。一緒に夢を語り合える人と出会えたらいいな」

夫と別れ、長女がまず独立した。次女も来年から地方で暮らし、美沙さん一人での生活が始まる。美沙さん自身を生きていくために、自分の気持ちに向き合って生きることは大切なのではないだろうか Photo by iStock