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2002年に世田谷区との合併案で話題になった「群馬県川場村」の今

村長の鶴の一声が発端で

幻と消えた山村と都会の街の合併

「平成の大合併」を覚えているだろうか。行政の効率化などをめざし、'05年頃をピークに全国で進められた市町村合併だ。

全国各地で派手な合併劇が繰り広げられ、'99年には3229あった全国の市町村数は、'10年には1727と約半分程度に減少している。

当時、決断を迫られたのは小さな村々だった。なかでも、注目を集めたのが群馬県北部の利根郡に属する川場村だ。人口約4000人、面積約85平方キロメートルの小さな村で、スキー場と温泉が有名な観光地である。

群馬県利根郡川場村川場高原のゲレンデ(写真/wikipedia パブリック・ドメイン)

川場村では当初、利根郡の他の町村とともに隣接する沼田市と合併する案が検討されていた。しかし、時の村長が「近いから合併する、という考えだけでいいのか」と疑義を呈したため、話は振り出しに戻る。

そこで、村の若手管理職らが構成する研究会が打ち出したのが「東京の世田谷区と合併する」という突拍子もないアイデアだった。

 

実は、もともと世田谷区と川場村の関係は深く、'81年に「区民健康村相互協力に関する協定」を結んだ後、世田谷区の保養所や研修施設が川場村に設立され、小学生の相互訪問など、緊密な関係が続いていたのだ。

いくら友好関係にあったとはいえ、唐突な話である。ところが、法的に問題がないことがわかると、世田谷区長も「申し入れがあれば、財政的な負担も含めて検討する」と応じたため、真剣に検討してみるという事態が発生した。そもそも県境を接しない飛び地合併は初めてのケースで、メディアからも注目を集めた。

結局は、距離が160kmも離れているうえ、手続きには県議会と都議会の議決、および両知事の承認が必要となるなどハードルが高いこともあり、検討段階で話は立ち消えとなった。

その後、川場村はどうなったのか。周辺自治体の多くがなんらかの合併を行ったのに対し、自立路線を貫き、今も単独で存在している。

幻と消えた山村と都会の街の合併。ちょっと体験してみたかった気もする。(羽)

『週刊現代』2019年10月5日号より