水を磨くのは、
古代から続くブナの原生林

お風呂嫌いな子どものようなブナの性質

白神山地をトレッキング中、静かに水が湧き出ているスポットを見つけた。長い年月をかけて地下に浸透し、土壌のフィルターを通して浄化され、きれいな水となって地表に再び姿を現した、その瞬間に立ち会っているのだ。

“天然のダム”の異名をとるほど、豊かな水をたたえている白神山地。それはなんといっても、地球最大規模のブナの原生林の恩恵によるものだろう。一般に森林が水源涵養機能をもつことはよく知られているが、ことブナに関してはその力が非常に強く、一説によると樹齢200年の木が1年間に蓄える水の量は、なんと8トンにもなるらしい。

「でもね、みなさんがイメージしているように、ブナは特別、水が好きというわけではまったくないんです」

佐藤さんがまた意外なことを言う。

「お風呂が嫌いな子どもと一緒ですね。自分がしかたなく必要としている水の絶対量はあるけれども、それ以上は欲しくないんです」

ブナに含まれた水分をあてにして、ブナの表面にコケなどの植物が生える。

ブナから清らかな水をダイレクトに連想するのは、少々早合点のようだ。

「彼らは自分の生長のために、自らの根元の周囲に適量の水をキープしておきたいだけなんです。具体的には、雨が降らずに水が不足しているときでも、空気中の湿り気や霧を捉えやすくする、硬く波打ち、起毛した葉の形状。それから、自分が落とした葉がミルフィーユ状の層になってできた腐葉土で、スポンジのように水を吸収して保持しておくシステム。ブナはそうして自分に必要なだけの水をいつでも蓄えておきます。それが何万本、何千万本と集まっているから、結果として水が豊富な森林になる。そのことが、さまざまな動植物たちに恩恵をもたらしているのです」

佐藤さんのユニークな表現を再び借りれば「枕元に飲み水は置いておきたいが、持っておきたいのはあくまでもそれだけ」なので、ブナは必要以上の水は排出しようとする。それが湧水となって地表に現れ、ここでやっと、私たちにとってブナと清水のわかりやすい関係として帰結するのだった。