中国政府が香港を吸収合併…「一国二制度」が終焉する日

だから香港市民は命懸けの戦いに出る
近藤 大介 プロフィール

「香港の死」を回避するための闘い

――現在の香港で、デモを行う人々と支持する人々、逆にデモに反対する人々は、どのように色分けされているのか?

「香港人は、いまや『藍丝』(ランスー=青色派=親中派)と、『黄丝』(ホアンスー=黄色派=反中派)とに、完全に割れつつある。まるで同じ土地に、二つの人種が住んでいるような状態だ。

『藍丝』を代表するのは、林鄭月娥行政長官率いる香港特別行政区政府、及びその配下にある警察だ。

一方、『黄丝』を代表するのは、当初は学生、教育界、法曹界だった。それが現在は、航空業界、医療業界から公務員、そして一般庶民にまで広がりを見せている。遠からず、香港特別行政区政府と警察を除くすべての香港市民が、『黄丝』に傾くだろう。

5年前の『雨傘運動』(行政長官の普通選挙を求めて79日間に及んだデモ)は、学生だけのデモ運動だった。だがいまや、ほとんどすべての香港市民による運動に変わってきているのだ。そこが雨傘運動とは、根本から違う」

 

――6月9日に始まった香港のデモは、当初は「逃亡犯条例」の改正撤回を求めたものだった。逃亡犯条例というのは、香港人にとって、どうしても受け入れがたいものだったのか?

「逃亡犯条例が改正されると、自分も中国大陸に連行されるかもしれないという恐怖心が、香港市民にあった。私自身、普段は中国大陸とビジネスをしているが、これはヤバいことになると思ったものだ。

加えて、1997年の香港返還以降、22年にわたる香港人のストレスが鬱積していたのだ。それが一気に爆発した形だ。

このストレスの鬱積を、林鄭長官は甘く見ていた。彼女は典型的な香港特別行政区政府のエリート官僚なので、普段見ているのは、一般の香港市民よりも上司、すなわち北京政府だ。それで、香港市民の怒りの大きさを見くびってしまったのだ。

6月9日にデモが始まり、林鄭長官が逃亡犯条例の完全撤回を発表したのは9月4日。つまり、3ヵ月近くも『放置』したわけで、彼女の罪は重い」

〔PHOTO〕gettyimages

――逃亡犯条例の改正反対要求は、いつのまにか、「五大訴求 欠一不可」(5大要求のうち一つが欠けてもいけない)に拡大していった。

すなわち、1)逃亡犯条例の完全撤回、2)デモの「暴動」認定の撤回、3)独立委員会を設置しての警察への調査と処分、4)拘束者の即時釈放、5)普通選挙の実施だ。このうち、実現したのは一つ目だけだ。

デモを行う側はこの先、どういった見通しを持っているのか?

「この4ヵ月の間、740万香港市民が再認識したことがある。それは、『香港の憲法』と言える『香港基本法』の規定(第5条)によって、返還から50年後、すなわち2047年7月1日に、香港は『中国広東省香港市』に変わってしまうという現実だ。

つまり、自由と民主主義というわれわれの『命』は、放っておいてもあと28年しかないことになる。いま20歳の学生は、48歳になったら、中国共産党の支配下に入ってしまうのだ。

この『香港の死』とも言うべき状況を回避できるとしたら、チャンスはいましかない。それで香港市民は、命懸けの戦いに出ているのだ」