「中国人多数・日本人少数」埼玉の団地生活でわかった「分断の感覚」

見えない壁をどう乗り越えるか
大島 隆 プロフィール

グローバル化と国民国家

芝園団地の日本人住民と米国のトランプ支持者の言葉に共通する「私たち」という思い。それは、一国にとどまらない世界中で構造変化が起きていることを意味している。

我々がいま直面しているのは、グローバル化やテクノロジーの進歩に伴う急激な変化と、国民国家というシステムの間で生じる摩擦と言っていい。

近代の国民国家は、共通の文化を持つ共同体を基礎としてつくられてきた歴史的な経緯がある。国民国家の下での「国民」という概念は、民族や文化的な共通性を前提としてきた。

だが、現代の国家の多くはより複雑で多様だ。国籍を持たずに定住する人々もいれば、本人や親が外国出身で、元々いた民族とは異なる国民もいる。

 

それは日本においても例外ではない。

芝園団地にIT技術者の中国人住民が多いのは、もはや日本人だけではIT業界に必要な労働力を賄えないという現実があるからだ。

また、芝園団地の自治会には数年前から中国人役員がいるが、今年からは西アフリカのガーナ出身で日本に帰化した住民も役員に加わった。

ところが、国民国家というシステムは変わらないままグローバル化で国境の垣根が低くなる現状では、国家と国民が、自国や「私たち国民」の利益を守ろうとする意識が強まる。

さらに、先進国の低成長と格差の拡大という要因も重なる。経済的なパイの拡大が止まりつつある中で、現状に不満を抱く人々は、なぜ「私たち国民」よりも、後からやってきた人々や外国のために限られたパイが分配されるのかと憤る。

こうした複合的な要因の結果が、先進国に広がる反移民感情といえる。「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ氏は、グローバル化と国民国家の「ずれ」が生んだ、いまの時代を象徴する存在でもある。

第二次世界大戦後の世界は、紆余曲折があったとはいえ、自由で開かれた国際秩序を志向してきた。自由貿易の推進はその代表例だ。

いま世界で起きていることは、グローバル化と共に、国民国家というシステムやその下でのアイデンティティも新しい形になろうとする「産みの苦しみ」なのか。それとも世界は再び、国家や勢力圏ごとに、壁で隔てられた時代に戻っていくのか。

東京郊外の一団地である芝園団地もまた、その岐路の最前線に立っている。