2019.10.10
# オムライス

ポムの樹が「オムライス専門店で1人勝ち」を維持する強さのヒミツ

価格設定、卵の焼き方、どれも絶妙
澁川 祐子 プロフィール

西は、1922(大正11)年に創業した大阪・汐見橋の「パンヤの食堂(のちの北極星)」。こちらは1925年頃、オムレツとごはんを必ず頼む常連客に、あるときケチャップライスを卵でくるんで出したところ、「これなんちゅう料理や」と尋ねられて、店主はとっさに「オムライスや」と答えたというもの。これが「オムライス」という言葉の初出とされている。

 

この二つの元祖をみると、最初に登場した東の「ライス入りオムレツ」は、ネギ入りオムレツなどと同様にライスは具の一つ、すなわちメインの卵に対してごはんはサブ的要素としてとらえられている。一方、西の「オムライス」になると、ごはんと卵は分離し、なおかつごはんがメインに据えられ、卵はそれを包むためのサブ扱いになっている。つまり卵とごはんの主従が入れ替わっているのである。

その主従逆転に貢献したのが、ケチャップだ。

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ケチャップが出回るようになったのは、明治の終わりから大正にかけてである。国産初のケチャップが、横浜のトマト加工業者・清水屋によって製造販売されたのは1903(明治36)年。さらにその5年後には明治屋で輸入された記録が残っており、カゴメの創業者・蟹江一太郎も発売にこぎつけている。したがって煉瓦亭が「ライス入りオムレツ」を出すようになった時代に、ケチャップライスは普及していなかったのだ。

その証拠に、1904(明治37)年に刊行された村井弦斎によるグルメ小説『食道楽』の「秋の巻」付録に掲載された「米のオムレツ」に、ケチャップの記述はない。さらに、卵とごはんを混ぜてから焼くライス入りオムレツタイプと、卵の間にごはんを挟んで「柏餅のように」あわせるオムライスタイプという両方のつくり方がすでに紹介されているが、ここでおすすめされているのは前者である。理由は、後者だと味がない、つまり白いごはんでは物足りないからとされているのだ。

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