アーモンドアイの調教師が明かす「競馬のウラ」

勝つために考えていること
国枝 栄 プロフィール

知りたいのは「騎手にしかわからないこと」

レース運びに関して、私は騎手に対し、先入観に捉われた決めつけの指示は出していない

前述の通り、出走馬の顔ぶれや、ゲートの内か外かをもとに事前にレース展開の予想はしているが、騎手もプロである以上、こちらがとやかく言うまでもなく、レース運びは十分心得ている。「あの馬のあとについて行けばいい」といった要点を伝えることはあっても、ほぼ一任している。

 

いくら展開予想を立てて、騎手に伝えたとしても、実際にゲートが開いてしまえば、そこからはもう、騎手が瞬時に状況判断をするしかない。事前に調教師が「こうしろ、ああしろ」と気を揉んだところで、ゲートが開いた途端、騎手にしてみればもうそんなことは関係なくなってしまうのだ。

また、結果が出せなかったからといって、騒ぎ立ててもしょうがない。もっとシビアな言い方をすれば、あまりにも見込み違いな騎乗だったら、次から乗り替わりになってしまうわけだから、騎手だってそうそう下手な乗り方をするわけにはいかない。

レースが始まれば、騎手が瞬時に判断するしかない(photo by gettyimages)

だからこそ、負けたときは徹底的に原因解明すべきだし、レース後のコミュニケーションが重要になる。乗った者にしかわからない事柄があるはずだからだ。

展開での不利はこちらも見ていればわかる。しかし、乗っている騎手にしかわからない、レース中の馬の反応(感触)が調教師にとっては非常に参考になる。レースが調教の延長線上にある以上、次のレースに向けた仕上げに役立てるためだ。

血統的概念だけにこだわらず、騎手の意見に基づいて作戦の変更を試みたり、ダート替わり、芝替わり、距離の変化で新味を引き出すことは大切だと思っている。

調教師が「最も困ること」

騎手のタイプとしては、私は無謀な乗り方をあまり好まない

強引な騎乗でハナ(先頭)を主張したりする、明らかに〝一発勝負〟的な乗り方には疑問を抱いている。そういうことをしていると、極端な馬になってしまう懸念があるからだ。特に新馬戦や、まだ若馬の場合は、レースを怖がり、嫌いになってしまうのが調教師としては最も困る。

その反面、展開を逆手にとって、仕上がっている馬のポテンシャルを発揮して好走する場合もある。騎手の好判断、好騎乗が光るケースだ。その一例を挙げたい。

ディープインパクト追悼競走と銘打たれた2019年のレパードステークスで、私の厩舎のハヤヤッコは10番人気と評価を落としていた。スタートではダッシュがきかず、早めに動きたいところだったが、鞍上は先行勢のゴチャツキ具合を見てすぐに後方追走を選択。それが幸いしてハイペースの中、ハヤヤッコは上手に脚をためてから、直線で大外から一気に抜けだし、勝利した。

これがJRA史上初となる、白毛馬による重賞勝利という歴史的な1勝となった