日本中の少年たちの心を鷲掴みにした「テレ東の最高視聴率ドラマ」

スカートめくりでみんな喜んでいた…
週刊現代 プロフィール

久保田 そもそも、『ハレンチ学園』は、『ジャンプ』での連載開始直後に、フジテレビでドラマ化しようとする動きがあったんです。フジのプロデューサーが、山のようにジャンプを抱えて、僕の自宅まで来ましてね。

この『ハレンチ学園』をドラマ化したら、視聴率30%は超すだろうと自信満々。ところが、フジの上役たちがクレームを嫌がって、結局ポシャってしまった。

児島 フジはもったいないことをしましたね。というか逆に、東京12チャンネルの上役はよく許可してくれましたよね。

岩佐 当時、科学教育番組専門局だった東京12チャンネルは、コンテンツ不足に悩んでいた。藁にもすがる思いで、『ハレンチ学園』のドラマ化に踏み切ったのだと思います。'70年を起点にして、現在のテレビ東京になっていったのでしょう。

 

久保田 どんなにふざけていても、番組の最後には毎回、教育評論家の阿部進さんが登場して、次回予告をしてくれました。阿部さんは、当時子供向けの番組に数多く出演していて、子供たちから絶大な人気があった。

岩佐 阿部さんは番組監修も担当していましたが、たとえば10話の宝探しの途中で遭難するシーンで、山小屋に下着姿の男子生徒と女子生徒がぎゅうぎゅうに詰め込まれている場面は、ちょっと際どい。

でも阿部さんは、「批判を受けたら、僕が全部説明します。気にせずに制作してください」と話していたそうです。

どんなことがあっても、子供たちのことを最優先に考えていた。実際に、PTAや新聞から批判されても、一貫して『ハレンチ学園』を擁護していました。

しかし児島さんは、『ハレンチ学園』出演中よりも後のほうが、苦労されたそうですね。

児島 はい。出演後20年間はずっと『ハレンチ学園』のことばかり言われました。男性から「あのころはお世話になりました」なんてからかわれることも多かった。それで嫌になってしまって、作品を観返すことは一度もなかったんです。

でも、もうすぐ放映50周年になるし、観てみるか、という気分になって。観返してみたら、皆で騒いで楽しかった'70年代に戻ったような気持ちになりました。あの作品なくして今の私はありませんし、今は、感謝の気持ちでいっぱいです。

児島美(ゆきこじま・みゆき)
'52年東京都生まれ。女優。'70年のドラマ『ハレンチ学園』で主演デビュー。映画版も主演を務め、人気を博す。『北の国から』などにも出演
久保田圭司(くぼた・けいじ)
'32年群馬県生まれ。脚本家。『ハレンチ学園』ほか、『火曜サスペンス』など幅広いジャンルで活躍。現在は、日本映画大学講師を務める
岩佐陽一(いわさ・よういち)
'67年神奈川県生まれ。フリーライター。ドラマから特撮、アイドルまで幅広い分野に精通する。著書に『昭和特撮大全』(三才ブックス)など

「週刊現代」2019年9月28日号より