先日5年ぶりにリーグ優勝を果たした読売ジャイアンツ。最近では、元選手の上原浩治氏との対談がメディアで組まれ「監督に就任する可能性はあるのか」との話題が挙がるなど、今改めて松井秀喜氏に注目が集まっている。これまで数多くの伝説を残してきた彼は、名プレイヤーであるとともに素晴らしい人格者としても有名だ。

著者の赤木ひろこさんは長年、野球の現場を取材し続けてきた。今回はそんな赤木さんが書いた松井秀喜氏の原点が詰まった書籍、講談社文庫『ひでさん〈松井秀喜ができたわけ〉』から特別に抜粋掲載しFRaU WEBで数回にわたって紹介する。そこには、松井氏が「人格者」に育った根底の松井家の子育てや、親の子への接し方が具体的に描かれているのだ。

第1回は、少年野球で彼が生まれて初めて挫折を味わったときの話。彼はどのようにして自分の心の痛みと向き合い、前に進むことができたのだろうか。彼の育った環境から強さの秘訣に迫りたい。

傷ついた心

Photo by iStock

秀喜は浜小学校一年生の夏休みに、根上少年野球クラブに入ることになった。4、5、6年生で構成されているチームに、なんと秀喜は特別に入ることになったのだ。1年生といっても体格はずばぬけて大きく、同い年の子供と並ぶと頭ひとつ出ていた。それに運動はなにをやってもできたし、特に野球は4学年上の兄や、その友達と一緒にやっても引けをとるどころか上回るほどだったからだ。

ついに今日から始まる。練習は毎日で浜小のグラウンドでやっている。新調したユニフォームを着て何度も鏡の前でユニフォーム姿をチェックした。喜び勇んで家を飛び出した秀喜の表情は充実感に満ち溢れている。ところが、そんな高揚した気分は、すぐにかき消されてしまった。

「何もたもたしているんだ」
「なにボーッと突っ立っているんだ。てきぱきやらんか」

矢継ぎ早に監督の声が飛ぶ。生まれて初めて言われた言葉に即座に理解できず戸惑う。

――せっかく好きな野球なのに……面白くない……。

そんな気持ちを抱きながら、家に帰った。そこへ、少年野球チームの上級生の父兄が父・昌雄のもとへやってきた。監督からの伝言を預かってきたのだ。

「邪魔になるからやめてほしい」

秀喜の参加が練習のペースを乱すとでもいうのか、なんとも不可解な言葉。その日、昌雄はそのことを秀喜には伝えなかった。翌日、秀喜はそんな出来事を知らないまま練習に出かけた。しかし今度は球拾いすらさせてもらえない。秀喜は練習の中に入れないまま、グラウンドの隅っこにただただ立っていた。監督の様子が昨日とさらに違っていた。完璧に無視されている。

――なぜ自分はみんなと一緒にいれてもらえないのや。

それでも秀喜は練習に通った。でも、相変わらず練習には入れてもらえない。監督にも相手にされないままだった。そして、ついに担任の先生からも駄目を押すかのように少年野球チームをやめるようにとの連絡が入った。5日目の夜、昌雄はついに秀喜に言った。慎重に言葉を選んだ。

「もう少しあとにするか」

秀喜はうん、とさみしそうに頷いた。

――またいつかやればいい。と子供なりに自分を納得させたつもりだった。しかし、それとは裏腹に心の中では、悲しみの感情がくすぶり続けるのであった。