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広告の未来、それは「脳」の争奪戦かもしれない

ほんとうの「哲学」の話をしよう
哲学者と広告マンの対話から見えてくる「広告の未来」――。20世紀の「広告の死」を迎えたあと、未来のカギは「脳」になる? (本稿は、岡本裕一朗・深谷信介『ほんとうの「哲学」の話をしよう』の一部を再編集したものです)

20世紀の「広告の死」

深谷  いま、世の中が広告化していることはたしかで、社会が広告化すればするほど、人々に飽きられないようにと広告は日替わり定食のようになっていく。

その背後にはインターネットによる時代の大転換があって、広告は想定外の問題に直面して未来が見えなくなっています。

岡本先生と共著出版した『ほんとうの「哲学」の話をしよう』では、広告と哲学の現状の課題を確認しましたが、いったい広告はこの先どうなっていくのだろうかと。

岡本  広告はいずれいまのネットニュースのようになっていくのでしょう。1時間ごとに新しいニュースが発信されて、更新頻度の多さや速報性はどんどん高まっていくのだけれど、もう誰も興味を示さなくなる。

深谷  行き着くところは?

岡本  「広告の死」でしょうね。

 

深谷  広告に死亡宣告、それはどんなイメージなのでしょうか。

岡本  いまは、即効性の高いカンフル剤をどんどん打っているような状態ですよね。
それでなんとかもたせようとしている。

深谷  と申しますと。

岡本  比喩として、カンフル剤は、使い続けるとどんどん麻痺して効きが悪くなりますので、駄目になる前に、より強いものを投与するというサイクルに陥ります。当然、費用もエスカレートしていきますよね。

しかしいつかは、まったく反応しなくなるときが来る。そのときが、「広告の死」です。いまの手法やいまの形態の広告の死は、わりとすぐに訪れるのではないかと思います。

ただそうは言っても、資本主義経済のもとではものを売らなければなりませんので、売るためにはどうするかという方法は考え続けなければなりません。

深谷  広告自体がなくなるということではない、のですね。

岡本  広告そのものがなくなるのではなく、あくまでもいまの形態の広告の死、ということです。その次をどのように意識しているかが問われているのだと思います。