2019.10.20
# 人工知能

人工知能(AI)の時代には、意外と「こんな人」が生き残る

歴史を知って正しく振舞う
井口 耕二

太平洋戦争中の日本製「アナログ式コンピュータ」

ところで、バベッジの解析機関は機械式だが、いまのコンピュータと同じくデジタル式だった。では、コンピュータはずっとデジタル式ばかりだったのかといえばそうではなく、アナログ式のコンピュータが実用化された時代もある。MITのヴァネヴァー・ブッシュ博士が開発したアナログ式の微分解析機が、戦時中、砲弾の弾道計算などに用いられたのだ。

日本でも、太平洋戦争中に3台が製作されている。しかも、その1台は、2014年、動態復元され、その後、東京理科大学近代科学資料館で公開されている(週に2回、実際に動かしてくれる)。

昔の微分解析機を復元し、動作を体験できるのは世界でここだけとのこと。機会があれば、ぜひ、見に行っていただきたい。私も、この機械が公開されたとき家族で見に行ったが、機械的な動きで微分方程式が解けるというのは不思議な光景だった。

 

イノベーションとは「適者生存の世界」である

機械式コンピュータはプログラミングが難しく、用途が限られてしまう。だから、電子式の開発がいまのコンピュータにつながる直系の祖先だと言えるだろう。

この部分の開発については、すごくたくさんの人がそれぞれに考え、いろいろとトライしたことが紹介されている。新しい技術が登場するときというのは、似たようなことや似て非なることを、あちこちでたくさんの人が思いつき、そのなかでいいものが残っていく適者生存の世界らしい。

そういう意味では、生物の進化とよく似ている。

バベッジの解析機関もブッシュの微分解析機も「計算をする機械」すなわち「コンピュータ」だったが、電子式になってからは、ソフトウェアでさまざまな機能を実現できるようになり、応用範囲が大きく広がっていく。

とはいえ、最初は、やはり、計算が主な用途だった。いわゆる大型計算機である。大きいし高価だしで、個人が買えるようなものではなかった。

だから、企業や大学など、組織が買ってどこかに設置し、それをタイムシェアリングという方法でみんなが使う。私が大学生だった40年ほど前はまだこういう時代で、大学のコンピュータは「大型計算機」と呼ぶのが普通だった。

それが、いま、日本で、「電子計算機」という言い方より「コンピュータ」という言い方が好まれるのは、計算とは意識されない用途に使われることが増えたからだろう。ネットゲームを十分に楽しめるタイプのものはゲーミングPC、すなわち、ゲーム用パーソナルコンピュータと呼ばれるが、これをゲーム用電子計算機と呼んだら違和感がすさまじいことになると思う。

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