2019.10.20
# 人工知能

人工知能(AI)の時代には、意外と「こんな人」が生き残る

歴史を知って正しく振舞う
井口 耕二

100年前に「機械は思考できるか?」と考えた伯爵夫人

コンピュータの歴史は19世紀に、チャールズ・バベッジなる人物が作ろうとした機械式の解析機関からスタートする。そう、なんと「機械式」なのだ。歯車が回って数字が1、2、3と増えていく。それがAIにつながると言われても、にわかには信じがたい。

だが、その機械を見て、プログラミングもできそうだ、いや、計算以外にも応用できそうだと考えた人物がいたという。論理として表せるものであればなんでも取り扱える、物事を抽象化し、論理として取り扱えるようにすれば、それこそ、音楽のようなものでさえ扱える、と。

こうしたアイデアは、いま、ごく当たり前の現実として我々の身の回りにあふれているが、このアイデアが一応は形になったと言えるまで、100年以上もかかっている。時代を先取りするにもほどがあると言いたくなる話だ。

この人物、ラブレス伯爵夫人エイダは、「機械は思考できるか?」という問題にも言及している。彼女の回答は「解析機関がなにかを生み出せると言いたいわけではない。ただ、実行手順を人間が指示できることであればなんでも実行できるし、どんな解析命令にも従える。だが、解析にもとづく関係や真実を予測する能力は持っていない」だ。要するに、「機械は思考できない」である。

 

いまのAIについても、本当はなにかを考えているわけではなく入力に応答しているだけだ、いや、それを言ったら人間だって入力に応答しているだけなんじゃないのか、AIを見ていると実質的に考えているとしか思えないなど、いろいろな意見が表明されているが、そのような議論はエイダ・ラブレスから始まったと言ってもいいだろう。

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