1919年5月、没する1ヵ月前の井上円了(写真手前、万里の長城にて撮影)

ゼロから大学を作った男「井上円了」と「中国の文豪」の意外な共通点

「深くものを考えている人」の魅力
没後100年を期して、東洋大学の創立者・井上円了の入門書となる一書『井上円了 「哲学する心」の軌跡とこれから』が刊行された。
同書には86ページにおよぶ水木しげるの評伝コミック『不思議庵主 井上円了』が収録されている。この作品を読んだ作家の譚璐美さんが語る「井上円了の本質と通ずる意外な偉人」とは。

世のため人のために尽くした人生

『不思議庵主 井上円了』には井上円了の濃厚な人生が如実に描かれています。井上円了が歩んだ長い長い道のりを水木しげるが漫画で表現した、たいへん面白い作品です。

井上円了はお寺の生まれです。そのため、仏教への関心や素養はもとより持っていました。くわえて秀才で、東京大学(のち東京帝国大学)まで進学しました。

 

優秀な学生が集う東京帝国大学の中でも、井上円了は特別な存在であったと思います。20世紀初頭の東京帝国大出身者はふつう、官僚になるか大学教授になるかの二択しか進路がありません。にもかかわらず、井上円了は市井の人のことに強い関心を示し、一般の人が学ぶための学校を自ら創立しました。

思想家というのは独特な宇宙観を持つ人だと思います。井上円了も同じく、自分だけの世界観をしだいに構築していく人生を辿りました。

井上円了のなかには「本質を追究する」という理念が根を張っています。人間そのものについての関心が深く、人間とはどういう存在なのかを考える。自分が生きてきた日本の中で、一般庶民はどのような感性を持っていて、どういう教養レベルで、その人たちを幸福にするにはどうしたらいいのかを考える。

人間学を生涯研究した人が井上円了なのです。

現代でも墓から死体が盗まれる国で

私は2019年春に『戦争前夜 魯迅、蒋介石の愛した日本』(新潮社)を出版しました。執筆中、魯迅とはいったいどういう人なんだろうと考えたときに、まさに井上円了と非常に似た迷いというか、人生観を育んだ人であったのではないかと思いました。

「中国の一般庶民を改革するにはいったいどうしたらいいんだろう」という問いを生涯考え続け、いろいろな方法を試した人が魯迅です。

その魯迅が中国一番の問題として憂慮したのは、農村にはびこっている迷信でした。迷信は風俗・習慣のもと伝統的に培われ、今でも根強く信じられています。

1つ例を挙げましょう。3年ほど前に仕事で台湾に行ったときの話です。

ホテルのテレビに流れていたニュース番組で、中国山西省の村がインタビューされていました。そこではある男が泣きながら「母の遺骨がお墓から無くなった。この間亡くなった妻のも無くなった。そして、病気で死んだ娘の遺体も無くなった。いったい僕はどうしたらいいんだ」と嘆いていました。

これには、「冥婚」という中国の迷信が関与しています。独身の男が亡くなったさいに女性の遺体を傍に添わせることで天国に行って幸せになれるという考え方が、農村には今も残っているのです。だから女性が土葬されると、争うように遺体が盗まれてしまうのです。