「感じさせられる女」「感じさせる男」という役割は、いつ生まれたか

それは「男女平等」の衣をまとっていた
田中 亜以子 プロフィール

実際、1956年にはじまった「人に聞くのは恥ずかしい花嫁生活ABC」という読者の性に関する悩みに答えるコーナーでは、自らの性的不満を訴える妻の声が散見される。たとえば、「夫の要求が少なすぎる悩み」(1956年9月)、「過労のため要求の少ない夫」(1957年5月)、「夫の淡白すぎる行為に不満」(1956年7月)などである。

私が要求しますので、ほとんど毎夜ですが、満足は与えられません。あまりダラシないので、私が怒りますと、夫はしくしく泣き出します。5

読者からのこのような投稿には、妻の欲望を満たせない男は「ダラシない」、すなわち、男らしくないという価値観がありありと見て取れる。男性向けの雑誌である『夫婦生活』においては、女を忘我の境地に導く男は男らしいということが盛んに宣伝された。

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だが、そうであれば女を感じさせ得ない男は男として失格であるという理屈が成立する。『主婦の友』では、むしろ後者が強調されることによって、男に奉仕を要求する女こそが強者として演出されたのである。つまり、男の雑誌世界と女の雑誌世界は、それぞれの読者層の性別を強者とする対極的な「感じさせられる女/感じさせる男」規範を提示していたことになる。

 

男の「善意」に依存した「平等」

しかし、二つの世界は交わらないまま並立していたわけではない。女の雑誌世界は、男のファンタジーへの配慮を見せるのである。どういうことかというと、夫婦間セックスそれ自体がトピックになるときには、上記のように妻の「(快楽を得る)権利」が主張されるのに対して、夫の浮気や避妊の実行など、夫婦の性の周辺に位置する問題が焦点化されるとき、『主婦の友』は論調を大きく変化させたのである。

戦前から存在する夫の婚姻外性行為の問題(要するに浮気や買春)は、もちろん戦後になって消失したわけではない。したがって、夫の婚姻外性行為を予防するためにこそ、「貞淑な妻はたつた一人の夫に対して淫婦になること」6が求められたのである。「淫婦になること」とは、つまり「大げさなほどの喜び」を表現することであり、そうなると妻の「オーガズム」は夫の幻想を満足させる手段でしかない。

妻の「オーガズム」が夫を満足させる手段とされた、もうひとつの場面は、避妊がテーマとされたときである。1950年代当時、避妊の普及は国家的課題となっていた。引揚者やベビーブームによって、敗戦後の日本では、人口が一気に増え、ただでさえ食料が乏しいなか、出生数を減らす必要に迫られていたのである。

しかし、夫婦の性生活において避妊をする習慣のない人びとに、すぐに避妊が広まったわけではない。1950年代の出産抑制においては、避妊よりも中絶が重要な役割を果たしたといわれている。