「感じさせられる女」「感じさせる男」という役割は、いつ生まれたか

それは「男女平等」の衣をまとっていた
田中 亜以子 プロフィール

とはいえ、『夫婦生活』には、大学教授や厚生省の役人、元政治家など、性に関する当時のオピニオンリーダーが寄稿しており、「民主的夫婦」の実現と男女平等な性生活という時代の大義が掲げられていた。当然ながら、一見啓蒙的色彩の薄い娯楽的な記事においても、男性が「性愛技巧」を用いて、女性を満足に導くのが「正解」であるという価値観が織り込まれることとなった。たとえば、以下のように。

指二本が、私の体中を蛇のように這つてもいいのよ。そのヘビが最後に体の内部にまで入りそうな無気味な感覚に、私は慄えあがるでしようよ。と思うと、その指は胸の上でリズムを奏でながら踊りまわる(略)あなたの歯は、かるくかるく乳首をかんで、それから強く強く吸う、私は縮みあがつて感動する。2

ここで紹介されている技巧自体は、当時の知識人のカタイ表現を借りるならば「手指による局部摩擦や乳房按擦」および「舌唇摩擦」と記述して完結するものに過ぎない。

しかし、重要なのは、女性の一人称による語りが使われることによって、「慄えあがる」「縮みあがつて感動する」と、男性の用いた性技巧が女性に引き起こす変化が描写されていることである。すなわち、「感じさせられる女」が描かれているのである。具体的な性交場面の描写による興奮、そしてそこに登場する「感じさせられる女」。ポルノグラフィックに性技巧を教示する記事は、女性の満足に配慮する必要があるということ以上に、女に快楽を与える快楽を男性読者に伝える

では、女に快楽を与える快楽とは何か。夫側の心情は、次のように描写される。

これほどにも、女性というものは、忘我の境になれるものか。しかも、その原因が、私の愛情によつて支配された結果の表われであるかと思うことにより、優越感といおうか、自己満足といおうか、そうした情感が眺め上げられるのである。3

ここであからさまに語られているのは、他者を支配する快感である。啓蒙的な文脈においては、「気の毒」な女性を救済するという文脈の下にあった「感じさせる男」規範は、娯楽的な記事においては、ときに男性の支配欲を満たすことへとすりかえられながら、普及されていったのであった。

それでは、このとき同時代の女性向け雑誌では、夫婦の性生活というトピックは、どのように扱われていたのだろうか。

 

妻の欲望を満たせない男は「ダラシない」

1950年代当時、婦人雑誌の中でもっとも読まれていた『主婦の友』のページをめくってみよう。「男女同権とは何も社会問題だけではない。性的快楽において、同じ水準をめざすということであろう」と性的快楽をめぐる妻の権利を主張する記事が目をひく4

ただし、執筆者は亀井勝一郎という男性評論家。女性が声高に性的な権利を主張したわけではない。しかし、戦前の『主婦之友』が、夫婦の性生活といえば、どう夫を満足させ、夫の心を自分につなぎとめておくのかということのみを関心事にしてきたことを考えると、大きな変化である。