「感じさせられる女」「感じさせる男」という役割は、いつ生まれたか

それは「男女平等」の衣をまとっていた
田中 亜以子 プロフィール

女性の「快楽」が注目された戦後

こうした状況に進展が見られるのが、男女平等の達成が、明確に意識されることになった、第二次世界大戦後である。女性の参政権付与が日本政府によって決定されたのが1945年10月。1947年5月に施行された新憲法では、すべての国民の法の下での平等や婚姻における両性の平等が保障された。「民主主義とは、男女平等と同義語であり、民主主義と男女平等とは概念的に「対」を成すものだという時代の気分」が蔓延した(天野1997、36)。

 

そのようななか、新日本の建設のために、「封建制」を排し、「民主的夫婦」を形成する必要が盛んに論じられていった。そして、「民主的夫婦」の基盤として、夫だけでなく、妻にも満足が与えられる「男女平等な性生活」が理想化されていったのである。

こうした理想に具体性を与えたのが、アメリカにおける「性の実態」を統計的に提示したキンゼイ報告である。キンゼイ報告とは、それぞれ5000人をこえるアメリカ人男女を対象とした世界初の本格的な性行動調査であり、日本でも1950年代を通して多くの雑誌にダイジェスト版が掲載され、日本人の性生活との差異が話題にされた。

「キンゼイ報告」を主導した、アルフレッド・キンゼイ(1950年)〔PHOTO〕Gettyimages

たとえば、厚生省の役人であった篠崎信男は、日本人2000人余を対象に自ら行った性行動調査の結果をキンゼイ報告と比較し、日本の夫婦生活の「貧しさ」を指摘した1。篠崎によると、アメリカではさまざまな性交体位が幅広く実践されているのに対し、日本では8割以上の夫婦が正常位のみの性交を行い、二つ以上の体位を試みている夫婦がほとんどいなかった

さらにアメリカではすべての階層で75%以上の夫婦において乳房や女性器を手や指で刺激することが行われているのに対し、日本ではそもそも4割程度の夫婦しか「前戯」を行っていなかったという。

日本に引き比べて「先進アメリカ」では、さまざまな技巧や体位が実践されている。その事実を目の当たりにした知識人たちは、「性愛技戯」によって日本の夫婦生活を改善し、「オーガズム」のなんたるかを知らない「無智」で「遅れた」日本女性たちを救うことこそが、「民主的夫婦」の形成において重要であると考えたのであった。

こうした価値観は、雑誌メディアを通して、少々内実を変質させながら、人びとのあいだに浸透していくことになる

「夫婦もの」の雑誌が、男性に求めたこと

1949年6月、夫婦の性生活をテーマにした『夫婦生活』なる月刊誌が創刊された。戦前の検閲体制では不可能だった、性愛技巧のノウハウ記事をメインに据えた同誌は、発売当日に7万部を完売、すぐに2万部増刷されたという伝説をもつ。『夫婦生活』のヒットは、続々と模倣誌が出版される事態を招き、1950年当時「夫婦もの」と呼ばれる一群の性雑誌は、東京発行のものだけで月々8種、総計100万部は出ていたとされる。

『夫婦生活』の創刊号
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『夫婦生活』の目玉は何といっても、「四十八手もの」と銘打たれた性技巧特集であった。さらに毎回巻頭の数ページを飾った女性のヌード写真や、煽情的な読み物が、『夫婦生活』にポルノグラフィーとしての色彩を強く与えていた。夫婦二人で読む雑誌という体裁がとられていたが、男性に「エロ本」として読まれていたというのが、実情だったようだ。