「感じさせられる女」「感じさせる男」という役割は、いつ生まれたか

それは「男女平等」の衣をまとっていた
田中 亜以子 プロフィール

このとき重要な役割を果たしたのが、避妊の普及に尽力していた、マリー・ストープスやマーガレット・サンガーといった著名な女性活動家である。彼女たちは著作によって、夫婦が同時にオーガズムを得るセックスの素晴らしさを称えるとともに、女性が「オーガズム」を得る権利を主張していった。女性自身によって、女性たちの性的欲求が正面から肯定されたことは、画期的なことであった。

とはいえ、女性=受動的、男性=能動的とする当時の性別観は強固に維持された。女性は「オーガズム」を得る権利こそあれ、「感じさせてもらう」のをまたなければならない受動的な存在とされたのである(荻野1994、250)。「感じさせられる女/感じさせる男」の誕生である。

では、こうした価値観は、どのような形で日本社会に流入していったのだろうか。

 

「夫を惹きつけられない妻」が責められる

家庭内から「性」を排除しようとする強迫観念に憑かれていた西欧に対し、日本にはもともと、夫婦の「和合」には、性行為が大切であるという認識が存在していた。しかし同時に、男性の色恋の相手として理想化されるのは、遊廓の「遊女」であり、素人の女は魅力のない「地女(じおんな)」として侮蔑するという「伝統」があったことも忘れてはならない。買売春を罪悪視する思想が移入された明治以降も、近代的な買売春制度が整備され、遊客数は増加していった。

そのようななか、20世紀初頭に生じた、セックスを愛情と結婚の基礎におく、欧米由来の新たな価値観が同時代的に翻訳されることによって、それまでとは一線を画す熱心さによって夫婦間セックスの価値が論じられていくこととなった(赤川1999)。最高の夫婦のセックスとは、夫だけが満足を得るのではなく、夫が妻を導き、ともに満足を得るセックスであるという理想も、当時流行していた通俗的な性科学書等において語られはじめていた(同上)。

しかし、戦前においては、妻の満足という問題は、ほとんどクローズアップされることがなかったというのが実情である。西欧で夫婦間のセックスが価値づけられた背景には、先述したように、第一次世界大戦において社会に進出した女性たちを家庭にもどすという課題があった。

それに対し、同時代の日本においては、女性ではなく、男性の「性」を家庭に「囲い込む」ことが、重要な社会的な課題として存在していた。というのも、男性が買春する権利が保障されていた日本では、買春によって性病に罹患した男性が、妻や子にも病気を感染させるという状況が存在していたからである(渋谷2008)。

したがって、戦前においては妻を満足させる努力を夫に求める声よりも、夫を惹きつけることのできない妻を責める声の方が、よほど大きかったのである。「亭主が身を持ち崩すのは、芸者や娼婦のように夫の愛を惹こうとしない妻の心得が悪い!」という理屈である。

性の快楽とは、男性の享受するものであり、女性はそれに奉仕するものであるという認識が、根強かった。