あの巨大企業で起きた「59歳女性アルバイト死亡」の深層

遺族に話を聞いてみると…
横田 増生 プロフィール

遺族に話を聞いてみると…

内田の母親をアパートに訪ねたのは11月中旬の小春日和の午前中のことだった。

小田原市内にある団地の4階のドアの呼び鈴を押すと、80代の三橋佳代(仮名)が出てきた。内田との二人暮らしだったという部屋の間取りは2DKだった。部屋に上がると、懐かしい石油ストーブの匂いがした。

居間にある内田の仏壇に焼香をさせてもらってから、亡くなった当日の朝の様子を三橋に訊いた。

「いつも通りで、全然変わったところはありませんでした。残業があるならやってくるから、と言って家を出ていきました。体調を崩していたかですか? それはなかったですね。いたって健康な子で、アマゾンで働いて4年ぐらいになるんですが、その間、病気で休むこともありませんでした。ただ、ちょっと歯が弱かったぐらいですかねぇ」

 

内田は、地元の高校を卒業後、最初は生命保険会社に勤めたが、その後、藤沢市にある家電メーカーの工場で20年以上働いた。その間に、同僚の男性と結婚。だが、夫は北陸にある実家を継ぐために単身で藤沢を離れた。10年以上前のことだ。

それからは、母親と二人暮らしをしていた。内田のアマゾンでの収入は月14~15万円で、それに三橋の年金の約10万円を合わせて暮らしていた。

内田が所属したのはワールドインテックの下請けの《日本郵政スタッフ》という派遣会社で、内田は、週5、6日間、働いていた。

勤務時間通りの午後6時に終わるとき、自宅に到着するのは7時半ごろ。1時間残業して7時に終わるときは、8時半ごろに帰ってきた。

自宅から鴨宮駅まで市バスに乗り、鴨宮駅からアマゾンの送迎バスに乗って、物流センターまで通った。直線距離にすれば5キロ弱のところを、片道1時間以上かけ通勤していた。

内田の9月の出勤時間が書かれたタイムシートによると、8時間労働が23日。それに1時間の残業をした日が5日ある。亡くなる前月の労働時間は、189時間となる。