故・坂東眞砂子さんのことが頭をよぎる

生まれてくるときは出生届一枚で済むのに死んだときは山のような手続きがある、とはよく聞く話だが、入院、手術も同様、とにかく目が回るほど忙しい。
所属している保険組合、生命保険会社、役所への問い合わせ、諸々の書類の作成。その合間に母のところに顔を出し、親類に頼み事をし……それより肝心なことがあった。
 
今後の入院、手術、通院。この先、どんなペースで仕事ができるかわからない。
 
この5、6年は、母の相手をしながらの執筆でかなりペースダウンしていたが、ここに至って、いったん停止しなければならないかもしれない。

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がんの確率が高いとわかった3月上旬には関係のある出版社にメールを送って事情を説明し、約束していた仕事について待ってもらうか、キャンセルの可能性も出てきた旨を伝えていた。「年間出版計画でもう決まったことなんだからよ、期限までに納入できなかったら違約金取るぞ」と言われたら困るが、「どうぞどうぞ先生、二年でも三年でもゆっくり養生なさってください。キャンセル?  ぜーんぜんオッケーです」と言われるのも哀しい。

担当編集者は良識ある企業人ばかりなので、当然のことながらそのどちらでもない。「一応、○月発売号にご登場いただくつもりでしたので、それまでに仕上がるかどうか△ 月×日までにご連絡をください」の類の、ありがたく、また合理的なお返事をいただく。しかし△月×日までに、仕上がるかどうかなどわからない。
 
予想がつかないことに悩むよりは書く方が早い。構想は出来ているから、とにかく入院前に第一稿を仕上げるために隙間時間を縫って書き始める。

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実は4年前に亡くなった坂東眞砂子さんのことがずっと頭の片隅にあった。
 
1回目の手術は成功と聞いた。病気をしたとはまったく感じさせない元気な彼女とパーティーで立ち話をして、またね、と別れてしばらくした頃、突然、訃報が入ってきた。
 
私に出来る唯一の供養は彼女の残した作品を丁寧に読み、書評を書くことだけだったのだが、それが終わった頃に新刊が出た。彼女の遺作となった短編集だった。
 
雑誌に掲載されたものですでに完成しており、病床で書かれたとは思えない力のこもった作品だった。だからこそ同じ小説家の目には「最後の仕上げをしたかっただろうな」と思わせる部分もある。
 
命に関わる手術でなくても、何があるかわからない。しかも私は坂東さんとは比べものにならないくらい、穴だらけ、矛盾だらけ、誤字脱字の多い、校閲者泣かせの原稿を書く女だ。万一に備えて、著者校正を済ませておかないと、永遠にこの世に未練を残しそうな気がした。

介護のうしろから「がん」が来た!』20年以上に及ぶ介護のさなかに発見された乳がん。入院、乳房再建問題、仕事の再開、合間を縫って施設に入る母の元へと通う日々。篠田さんが実体験を細やかにリアルに、そしてときにユーモラスに描写し、介護や健康、家族について考えさせられる一冊。集英社の特設サイトこちら